:: 第四章 獣たち

 マジかよ。外で待機していたメタルマンは背筋が凍る錯覚を覚えた。
 今回の作戦に当たり、ライト、コサック、ワイリーの各ナンバーズは、国家安全省が提供したビルのマップを通じて現在ステータスを相互公開している。
 つまり、味方のおよその位置と現在情報がリアルタイムで分かるのだが。
 突入開始からわずか二十分、建物内の味方数名の反応がグリーンからレッド――重大な損傷に変わっている。
 そして今、さらに幾人かがぱっと赤変した。
 敵の反応は相変わらず、ない。が、その赤色そのものが相手方で、こちらを食いつぶしながらじわじわと範図を広げているように思えた。
(どうなってやがる、オセロじゃねえんだぞ)
 悪い夢でも見せられているようだった。

 *  *  *

 轟音、衝撃。
 目を開けると、床に倒れていた。
 ……何だ。
 そうだ、突入! 跳ね起きると全身がひどく痛んだ。それでも周囲に目を走らせる。
 どうしたことだ。
 同じように倒れ伏し、うめいている仲間たち。
(そうか、くそッ)
 クラッシュマンは歯噛みした。
 狭い階段通路の中で破裂した爆弾の爆風が、階段口から一気に噴出したのだ。逃げる敵を追うのにあせり、誰もそれを考えなかった。
 市街戦に不慣れとはいえ、信じられない凡ミスだった。
 他のメンバー……ニードルマン、エアーマンたちも慌てて起き上がってくるが、階段口に一番近かったボンバーマンとヒートマンの損壊がひどい。
 ボンバーマンは瓦礫で脇腹と膝をやられ、ヒートマンは身動きすらしない。続投不能だ。
「面目ねえ。行ってくれ、ヒートマンは俺が見る」
 ボンバーマンが顔をしかめてぼそりと言い、クラッシュマンは慌しく二人を物陰に避難させた。助けが来るまで置いていくしかなさそうだった。
「そういえば、あいつは」
 誰かのつぶやきに一同はぎくりと固まった。あの牛型のロボット。奴はどうなった。
 今の今まで昇ろうとしていた階段がすっぽりと落ちているのが一瞥で分かる。それほどの衝撃だ、あちらもただでは済むまい。
 ただし、食らっていれば。
 こちらを引きずり込んでおいて無傷でいることも充分ありえた。いや、その公算の方が大きい。あれほど老獪な相手だ。
 彼らは恐ろしげに、ぽっかりと空いた階段口に目をやった。
〈何だ、今のは〉
 不意に通信。先ほど別れたリングマンだ。
「待ち伏せだ。ボンバーマンとヒートがやられた。階段も落ちた、そちらに合流したい」
〈りょ、了解した。こちらはもうすぐ吹抜北側に着く。すぐ来い〉
「分かっ」
 どおん、と衝撃。
〈おいクラッシュマン! どうし――〉

 *  *  *

「おいクラッシュマン! どうしたッ、おい」
 轟音とともに通信が途切れ、リングマンは泡を食って呼びかけた。
〈奴だ! クラッシュが〉
 代わりに、取り乱しきったニードルマンの声。
「奴? 何がどうなって……」
「しッ」
 スネークマンの制止に、一同……本隊の生き残りは凍ったように動きを止めた。
 目の前に二階吹抜通路への出口。通路を右に曲がれば、近くの階段から三階へ上がれる。
 が、わずか数歩先の吹抜にうずまく爆音、怒号、悲鳴。まるで嵐のようにここまでとどろく。
 そして、その手前。
 角のすぐ向こうに。
〈サーチスネークが見つけた〉
 通信でスネークマンが告げる。
 レーダーに反応は、ない。
 つまり。
〈どうする〉
〈たぶん一人だ。同時に行くぞ……うわっ〉
〈何だ〉
「動いたッ」
 実音声でスネークマンの悲鳴、同時に――

 *  *  *

〈バブルマン! おい、応答しろ〉
 浄水パイプの内壁にはり付き、エレキマンは通信で怒鳴った。
 が、水流に押され、相手の姿はぐんぐん遠ざかっていく。
〈……やったね。あとは、まかせた……〉
 ノイズのようにそれだけ残し、バブルマンは敵ともども、彼の視界から消えた。
 エレキマンはしばらく呆然としていたが――不意に我に返った。
 味方の反応がおかしい。ステータス異常――重大な損傷を示す反応がそこここに見られる。
(たかだか三十分でか)
 水温に慣れたはずの全身がぞっと冷える。
 俺たちは、何を相手にしているんだ。
 だが。
 脳裏をよぎる貌。仲間たちと、ロールと。そして、
(……ロック)
 止まってはいけない。
 エレキマンは、再び泳ぎ始めた。

 *  *  *

 矢継ぎ早の怒号。何かを命じているようだが言葉は聞き取れない。
 部屋の外からは間を空けず轟音やら悲鳴。そう遠くない。戦争にしか思えなかった。
 抱えた膝小僧に顔を伏せ、ロールはその音に埋もれていた。
 十二時を回ってそう経っていないのは体内時計でわかる。だが、もう何日もこうして閉じこめられているような錯覚。
 隣のカリンカを盗み見たが、彼女も動こうとしない。その向こうにちらりと、あの緑の髪のロボット。あわてて目を下ろした。
 先ほど人間の人質の大半が引っ立てられていった。銃声と悲鳴が聞こえたときは処刑かと縮み上がったが、それに続く大騒ぎは人間たちがビル外へ駆け出たことを示していた。
 解放されたのだ。安堵は一瞬限りで、次いで恐ろしい不安が訪れた。自分たちはいつになったらここを出られるのか。彼女とカリンカを入れても残りは四、五人程度、連れ歩けない数ではない。
 そして、ロールを除く人質のロボットたちは残らず重傷を負わされている。自分が無事な理由が分からず、それが恐怖に拍車をかける。自分がロボットなのはセンサーでわかるはずだ。女の子と見られているせいか。
 外から轟音。部屋が大きく揺らぎ、人質たちはいっそう身を縮めた。
(ロック)
 もしかすると彼が戦ってくれているのか。
 確かめたかった。何より、会いたかった。が、通信をとばせば間違いなく殺される。
(ロック……)
 部屋を入れ替わり立ち替わりしている謎のロボットたち。依然として人数は知れないが、鬼より怖い相手だった。
(助けて……)

 *  *  *

 全身にすさまじい重圧。確かめる間もなく、がっと頭を掴まれる。
 恐ろしい負荷。気が遠くなる。
「クラッシュ!」
 ニードルマンの声。クラッシュマンの意識は引き戻された。ああ、敵襲だ!
 万力のような相手の掌を無我夢中で掴む。指が千切れそうに痛い。
 不意にその手がずれ、相手の顔を彼は目の前で見た。
 牛のような姿。
 あいつだ。
 ――上階でやりすごし、床をぶち抜いて来たのだ!
 やはり狡猾な奴だ。俺たちの何倍も。
「行け、犠牲を増やすな」
 彼はとっさに怒鳴った。仲間は一瞬ためらったが、さっと身を翻す。
「死なないでよ、クラッシュ」
 歯軋りするようにグラビティーマンが叫ぶ。
 同時に奴もくるりと彼らに目を向ける。クラッシュマンはその手をがっちりと握った。
 させるか。
 ――太刀打ちはそりゃ無理だがな。お前が思ってるよりは、強いぜ。
 空いた左手で、クラッシュボムを相手の胸部装甲の隙間にねじ込んだ。ひとつ。ふたつ。みっつ。
 勘づいたか、相手が振りほどこうと暴れる。構わずしがみついた。
「俺も斃れるが、お前も逃がさん」
 同時にすさまじい熱、暗転。

 *  *  *

 その瞬間、曲がり角外のサーチスネークの反応がふっと消えた。
(え)
 一瞬うろたえるのと、ぽんと足元に何かが投げ込まれるのが同時だった。
 自分でも訳の分からない声を上げ、スネークマンはそれを撃った。瞬間、それが見覚えのある形をしているのに気づいた。
 ――サーチスネーク!!
 と、目の前についと影が立ち、次の瞬間意識が途切れた。
 声も出さずにスネークマンが崩れ、他の一同は異変に気づいた。そのすぐ向こうに人影。先ほど追っていた敵ではない。
 その指はスネークマンの首元のケーブルを引っかけている。
 ――やられた!
 眼前の惨状は、一同を浮き足立たせるのに充分すぎた。悲鳴のような雄叫びを上げ、最前列のリングマンとナパームマンが同時に撃つ。
 が、相手も動いていた。流れるような動作で何かを前に掲げる。
(輪?)
 巨大なリング。その中央に闇が生まれる。ナパームボム、リングブーメランがあっという間に吸いこまれ……
 直後、全く同じ速度でこちらに吐き出された。
 叫ぶ間もなく轟音。とっさにバリアを開き、重い衝撃波に踏みとどまったスカルマンが目を開けると、ナパームマンとリングマンが転がっている。
 二つのレッドマーク。
 相手の姿はない。吹抜に後退してやり過ごしたな。思った途端、鋭い足音。
 奴だ!
「退くぞッ」
 バリア内の仲間に叫び、大きくすさった。
 同時に、相手が恐れげもなく突っ込んで来、一同はその姿を間近で見た。
 暗く沈んだ色のアーマー。茶にも見えるが傷だらけで分からない。
 体格はそう変わらないはずなのに、すさまじい圧迫感。老兵に思えた。
 とっさに構えたカットマンを目で制し、フラッシュマンがバリアを飛び出した。存分に溜めた一撃を放つ。
 フラッシュストッパー。これで動きは封じた……
 が、相手はすっと彼の懐に踏み込んできた。
(馬鹿な、どうして)
 一瞬の動揺。そのほんの束の間、見透かすように相手がにやっと笑うのを彼は見た。
 こいつも、時間を操れるのか。悟ったときには手遅れだった。
 腕を掴まれる感触、払われた足が宙に浮き――
 フラッシュマンは頭から床に激突した。
 ダウンと同時にストッパーが解け、残ったスカルマンとカットマンが我に返る。
 その眼前に相手が肉薄していた。
(――――!)
 殺される。絶望とともに二人が身構えた刹那、数メートル先の吹抜からすさまじい衝突音。

 *  *  *

 その瞬間から起こった一連の出来事は、後に振り返っても偶然以外の何かが引き起こしたとしか思われなかった。
 きっかけは吹抜内の空中戦だった。鳥型ロボットに煽られてジャイロマンが体勢を崩し、三階空中通路ふちのタップマンに衝突した。ひとたまりもなく、そのまま二人は転落した。

 *  *  *

 二階吹抜周り通路にたどり着いた階段口生き残りのうち、グラビティーマンがそれを見た。身を隠すのをとっさに忘れ、二人の重力を反転させようと彼は通路から乗り出した。
 その彼を、鳥型ロボットの電撃が見舞った。瞬間的な大電流、避けようもなくグラビティーマンは膝から崩れた。

 *  *  *

 恐ろしい悲鳴とともに落ちゆくタップマンたちをクイックマンも見た。助けようと反射的に体が動き、一瞬敵を忘れた。
 その横合いから猫型ロボットが突っ込んだ。まともに当てられた勢いで体が空中通路の手すりを乗り越える。
 落ちる! 死に物狂いで右手を伸ばし、通路のへりを掴んだ。同時にしゃきんと微かな金属音、ぎくりと目を上げると――
 通路の相手の手甲に、銀の爪がぎらりと光った。
 よせ。叫ぶ間もなく鋭い痛み。小指、薬指がたまらず離れ、残った指にすさまじい自重。
 
〈――クイック!〉

 *  *  *

 どーんと雷、目の前でグラビティーマンが倒れる。すぐ後から二階吹抜周り通路に駆け込もうとしたマグネットマンの足はたたらを踏んだ。
 続いて、眼前の吹抜から吠えるような悲鳴。思わず飛び上がって目を泳がせると、腕一本で宙吊りのクイックマンが視界に入った。
 その間近でぎらりと金属光。
 ――鉤爪!
 事態を察し、震え上がった。この建物の三階分は通常のビルのほぼ倍だ。
〈クイック、今助ける〉
 磁力でこちらへ引き寄せようと、身を隠したまま焦点を定める。が、
〈構うな、やれ〉
 相手から思わぬ通信。見れば、そのすぐそばの手すりによじ登る小柄なロボット。
 狙えるのは一人まで。心を鬼にし、決めた。構えると同時にすぐ頭上の三階通路の反応にダイレクト通信で呼びかける。
〈ハード! 狙えッ〉

 *  *  *

 掴まった右手を爪がもう一撃、ついに指が離れた。
 同時に、子供の体がふわりと浮いた。狼狽の態でもがく姿が一瞬宙に留まる。
 その横っ腹を紺色の剛拳が直撃した。高速で望遠になる視界の中、クイックマンの目は逆サイドに落ちていく小さな影を確かに見た。

 *  *  *

 水路を抜けてようやく四階吹抜にたどり着いたエレキマンのすぐ下を、まさに緑の影が飛び過ぎる。
 ――ロボット!
 はっとした。センサーに反応はない。
 逃がすか。だっと踏み切り、ちょうど真下にきたそれへ一息に飛び移った。

 *  *  *

 リングを構え、だんと詰め寄る相手。スカルマン、カットマンが最悪を想定した瞬間、それは起こった。
 たった今までこちらを狙っていた相手が不意に血相を変え、背後の吹抜めがけて振り向きざまにリングを放った。

 *  *  *

 吹抜を真っ逆様に落下してゆく猫型ロボット、それを追って手を伸ばした鳥型ロボットの背にどさりとエレキマンが乗った。鳥型ロボットが泡を食って軌道を乱す。
 間に合わない。誰もが子供の墜落を予感したとき、その横合いから飛んできた何か――径が人の背丈ほどもあるリング――が吹抜を横切りながら、猫型ロボットを吸い込んだ。

 *  *  *

 こちらに背を向け、たった一つの武器を投げ出してしまった相手は全く無防備な――あまりに無防備な姿だった。バリアから踏み出したカットマンが思わずためらうほどに。
(ロックの仇!)
 躊躇を振り切るように、彼はほぼゼロ距離からカッターを叩き込んだ。
 手応え、ぐらりと傾く相手。

 *  *  *

 間近でどさっと重い音。目を上げたカリンカは小さく息を呑んだ。先ほど仲間と入れ違いに出ていったあの猫型の子供ロボットが、忽然と目の前に転がっていた。
 その姿がひどい。強い打撃でも受けたか、腹部から胸部にかけて大きくひしゃげ、内側に凹んでいるのが毛皮越しにも見て取れる。
 そして、ぐったりと動かなかった。動ける傷ではない。
 ――あんな小さな子さえ。
 髪をひどく掴まれたことも一時忘れ、胸が痛んだ。
 こんな犠牲を払ってまで何をしようというのか、このロボットたちは。

 *  *  *

 柔らかい物をぐしゃりと潰した感覚。
 ハードマンは初めて震え上がった。直前までは憎い相手を倒す気でいたのだ。が、ナックルが伝えてきた触覚データは彼を我に返すのに充分すぎた。
 そういえばあの子供ロボット、アーマーの代わりに毛皮を着ていた。素早さを保つために装甲を削っているに違いなく、ハードナックルの打撃力の前にはひとたまりもないはずだった。
 ああ、酷いことをした。心底悔やんだ。
 一気に素に戻ってみると、周囲は残骸だらけだった。そしてセンサーには血しぶきのようにレッドマークが散っている。
 大嵐のようなこの一連の攻防、それはわずか数瞬に過ぎなかったが、敵味方どちらもが手勢を一気に減らしていた。
 ――なにに巻き込まれたんだ、俺たちは。
 戦慄した。死屍累累としか言いようがなかった。

 *  *  *

 エレキマンの眼下で、そのまま反対側の壁に跳ね返ったリングが放物線を描き、一階の床に落ちていく。
 何だ、あの代物は。あの子供はどこへ消えた。
 呆然としかかったそのとき、どんと腹に響くスパーク音。しがみついた彼を振り落とそうと、鳥型ロボットが撃ったのだ。
 ふん。俺も電気型だよ。お生憎様だ。
 ぐんとスピードを上げた相手に、彼は根限りかじりついた。
 上、下、右、左、振り落とそうと相手は全速力で切り返す。負けじと腕に力を込めた。
 放してたまるか。
(このまま連れて行ってもらうぞ)

 *  *  *

 チビ一体は背後のハードマンが倒した。だが自分のホログラムも限界だ。やせ我慢で、ジェミニマンは勢いの落ちない重戦車を睨みつけた。
 と、突如相手がくるっと向きを変えた。そのまま吹抜周り通路を奥へと駆け去っていく。
(どうした)
 拍子抜けした思いで、ジェミニマンは立ち尽くした。

 *  *  *

 目指す三階吹抜周り通路最南端に、相手がぐんと接近した。ぎりぎりまで近づき、ぱっと手を離す。遠心力で吹っ飛ばされ、エレキマンは見事通路に転がった。
 顔を上げた目の前にアパレルショップの扉。
 だが、中は――
「…………逃げられた!」

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