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:: クロームの夢

 毎月十五日と三十日には、ワイリー基地は少し静かになる。


 定期メンテナンスとしてロボットたちの頭脳のエラーチェックとデフラグ(最適化処理)を行うためだ。人間並みに精巧な「心」を持った彼らのこと、脳内で処理される情報は膨大な量にのぼる。定期的に脳を整頓してやらないと、思考に時間がかかる、身体制御が鈍る、などさまざまな問題が出てくるわけである。
 一体あたり二ヶ月に一度実施しているこのメンテナンス作業は一日がかりで、そのあいだロボットは生命維持以外全ての機能を停止する。が、ワイリーナンバーズを始め人工知能を持つロボットたちは六十体を越す上に、基地の警備を手薄にするわけにもいかない。そこで全体を四つのグループに分け、二ヶ月かけて全てのロボットたちへの処理を一巡させている。
 つまりこの日は、(保安上極秘だが)基地全体の四分の一のロボットが動きを止めているのだ。


 中でも偶数月の三十日は、少々特殊な日だった。



 * * *



 冷蔵庫から発掘した残りご飯にボンカレーのいい加減な夕食をとりながら、傍らの大型ディスプレイに横目をくれる。ロボットの数だけ分割された小画面にはそれぞれ、デフラグ処理中の表示が音もなく流れていく。
 今のところ異常なし。
 アラート表示は皆無、ロボットたちも身動きひとつしない。
 ――もっとも、何かあったとしても再起動せにゃ動けんのだが、な。
 空になった皿を押しやり、ワイリーは心の中でつぶやく。


 メンテナンスの日にはいつも思うのだ。この作業中、ロボットは何を感じているのかと。
 特に、この偶数月三十日……宇宙ロボットたちの日には。


 部屋の中央のマシンを取り囲むように置かれた何基もの作業台。そこに横たわるロボットたちは九体、みなそれぞれケーブルでマシンに接続されている。
 彼らはワイリーに造られたロボットではない。太陽系外のとある惑星の、遠い昔に消えた文明跡からワイリーに発掘された者たちだった(ワイリーは、スペースルーラーズなどとハッタリの効いた名で呼んでいたが)。
 その文明が滅びたのは、地球の時間で千年ほど昔だという。地球ではワイリーなど生まれていないどころか、ヨーロッパで第一回十字軍がおこりカンボジアにアンコールワットが建造されていた時代だ。


 彼らが起動してから五年、文明崩壊とともに眠りについてからおよそ千年。今日までの大半の時間を生命維持装置に任せて休止状態で過ごしていたとは言え、体内時計は動いているし、体調ログも刻々と更新されている。そして、ごくたまにエネルギーに余裕があるときは、目を覚ましていたという。
 つまり、他のワイリーロボとは比べ物にならないほどのデータが、彼らの脳には蓄積されているわけである。それらを一日で全て最適化するために、特別なシステムが要った。
 だが、ワイリーの心を占めているのは、そのことではない。


 彼らの文明が滅んだ理由は、戦争だった。
 二つの国の、もともと親戚同士だったという王家の間に起こったお家騒動が激化し、ついには国全体を巻き込む戦乱と成り果てた。人間や、人間の代わりとして生み出された戦闘用ロボットたちが殺し合いを繰り返し、泥沼の戦いが三十年近く続いた。
 その末期に、一方の国が技術の粋を集めて造ったのが彼ら……「スペースルーラーズ」の九体だという。地上戦が地獄の様相を呈し、どちらかが皆殺しになるのは時間の問題となった、最も過酷な時期だった。
 事実、彼らは優秀だった。個々の能力も高く、統率も取れており、命令に忠実で、そして無慈悲になれた。


 ワイリーロボは戦争用ではなく、あくまで対ロックマンの戦闘用だ。そこには、ある種スポーツマンシップにも似た暗黙のルールがあった。
 が、彼らにはそれがなかった。
 敵と見なせば徹底的に潰す。九人がかりでたった一人を襲ったり、人間もロボットも無差別に攻撃したりは日常茶飯事だったという。彼ら自身もまた、同じ理屈で襲われ続けてきていたからだ。


 デフラグはメモリーの中のデータを並べ直す作業であり、そのたびにデータの総ざらいが行われる。
 ロボットたちがその時までに蓄積したあらゆる記憶も、そこに含まれるのだ。



 ――デフラグ中に、彼らはこれまでの人生すべてをもう一度、追体験しているのではないか?



 ワイリーが考えるのは、そこだ。
 生き地獄の戦場、自らが殺した者たち、自らを殺そうとした者たち。喪った国、喪った仲間。そしてカタストロフィの後の、千年の孤独。
 そんなものを、偶数月三十日がくるたびに見せられているのではないだろうか?


 デフラグ中の記憶はロボットには残らない。目を覚ましたとき、一日分の記憶の空白と普段よりすっきりした頭、「エラーチェック・デフラグは正常に終了しました」というただ一行分のログが残されるだけだ。実際の作業中に彼らに何がおきているのか、部外者のワイリーはもちろん、ロボットたち自身にもわからない。
 人間が睡眠中に夢を見るのも、脳が情報整理を行っているためだと聞く。そして目を覚ましたとき、人もまた、その夢の大半を忘れてしまっている。
 が、覚えていないのと、起こっていないのとは違う。
 自分はデフラグのたびに、むごい事をしているのではないか。
 スリープさせられ、腕一本声ひとつあげられない中でメンテナンスを受ける彼らを見るにつけ、そう思われてならないのだ。



 さらに、時としてワイリーは思うのだ。
 あの星から彼らを連れ出した自分の決断は、そもそも正しかったのかと。



 デフラグされる彼らの記憶の中には、当然ながら地球に来てからのものも含まれる。
 彼らを発見してから地球へと連れ帰り、こちらのルールを教えるときの悶着は、挙げればきりがない。
 最初に再起動させられてワイリーやナンバーズを目にしたとき、彼らは全員が全員、まず混乱と敵意をあらわにしたものだ。その後、どうにか基本的な意思疎通ができるようになって地球に連れ戻ったのだが、苦労は続いた。
 無理もなかろう。言葉も分からない、習慣も違う、体に合うエネルギーの確保も楽ではない、そんな場所に放り込まれたのだ。


 だが何より、「殺すな」という言葉に、彼らはほとんど驚愕に近いショックを示した。


 現在のところ地球上では、心を持つロボットは人間並みでないにしろ一定の権利が認められている。彼らに親しみを持つ人間の数も随分増え、ロボットはよき隣人としての地位をかちえていた。
 ひるがえって彼らの星では、ロボットは「ロボット(=労働者)」でなく、みな兵士であったという。
 戦うためだけに生まれた、ヒトの道具としての存在。戦争用でないロボットは、ありえないのだそうだ。戦争用でない戦車がありえないように。
 戦うこと、滅ぼすことが存在意義だった。


 道具でありながら、彼らがヒト並みの心を授けられた理由もそこだ。
 通常の機械では読みきれない、人間の心の底の底まで読み取って、確実に仕留められるように。
 辛くなくはなかったという。
 だが、そういうものだと思っていた、とも。殺すための体、殺すための心なのだからと。
 ワイリーはそれを否定した。
 彼らの存在の根底に関わると分かっていたが、そうしないわけにはいかなかった。


 「ロボット」は、兵器ではない。
 何日もかけた末にそれを理解してしまった時の彼らの表情を、ワイリーはいまだに忘れられない。






 だがそれでもその「夢」は、悪夢だけではないはずだ。
 そんな気もするのだ。






 彼らの国に伝わっていた歌というのを聞かせてもらったことがある。むろん言葉は聞き取れないが、音があちこちで巧みに韻を踏んでおり、そのリズムは不思議と耳に残った。
 魚の名前をつぎつぎに並べていく、子供の歌だそうだ。
 人間さんたちはこうやって、食える魚を覚えてったんだそうでございますよ。歌ってくれた一人はそう言い、にっと笑った。
 戦争の絶えなかったあの星でも、人間たちはその日その日を生活として暮らしていた。そのたたずまいをロボットたちもどこかで目にし、取り込みながら生きていたのか。
 殺し合いの記憶は忌まわしい色に満ちている。だがその中にあってさえ、あの星は彼らにとって故郷なのだろうか。
 せめて、そうあればいい。勝手と知りつつワイリーは願う。


 何より彼らは、この地球で生き始めた。
 少しずつだが、他のロボットと一緒にいる姿を見るようになった。


 死のうと思えばできたはずだ。
 だが、彼らはそうしなかったのだ。



 * * *



 20:43。ディスプレイの表示がデフラグ正常終了を告げ、続いてシステムの自動シャットダウンが始まった。
 ワイリーは席を立った。夜番のロボットたちと、ロビーでテレビでも見るつもりだった。


 ――ワシがこうして悩む余地など果たしてあるだろうか?


 彼らが歩き始めるほうを択んだのなら、手を貸さねばならない。
 ワイリーが起こし、引き受けた事態は、もう動き出しているのだ。
 迷いも後悔も、今でも消えないけれども。


 廊下へのドアを開け、部屋の明かりを消そうとしてもう一度、ロボットたちに目を向けた。
 電源が落ちてから、日付の替わる瞬間に再起動するまで、彼らは束の間の完全な眠りに入る。


 明日になれば、まだ楽とは言えない日々がふたたび始まる。それはワイリーにとっても、気が抜けないものであるはずだった。
 もうこれ以上、彼らがつらい記憶を増やさないよう。次のデフラグのときの夢が、少しは楽しいものになるよう。




 ――おやすみ。




 せめて今ぐらいは何も考えずに。




(了)

 私設定詰め込みすぎ。そうと知りつつ切れない自分。もうッ。
 切り捨てるのも才能のうちだと思う今日この頃。

 ルーラーズ地球引越し1年以内ぐらい。とある方の、ロボットに誠実でそれ以外にストイックなワイリーに大変憧れて書いてみました。ワイリー父さんは、一旦引き受けたロボットたちはウチの子もヨソの子も平等に可愛がってるといいと思います。
 ゲーム本編ではどうも使い走り(それこそ「走狗」)のイメージがあるルーラーズですが、よくよく考えるとただごとじゃないんじゃないか、戦争だの亡命だのって。でも彼ら、その中でしたたかに生きのびてるイメージがあります。
 本当はサンゴッドにも考えてる設定があったけれど、冗長になるのでまたいずれ。ごめんよサンゴッド。

 タイトルがああだけど宇宙ロボはクローム製じゃないですね。ちきゅうじょうでははっけんされていないとくしゅなぶっしつで出来ているんだ。

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