:: 墓堀りと墓守り

 かつて賑やかに人々が行き交っていたであろう街並みは見る影もなく崩れ去り、打ち棄てられた屍のような瓦礫を白い月の下に晒していた。当然のように、周囲には人影どころか動くものすら見当たらない。
 それなのに、この寂しげな音色の笛が奏でる聞き慣れない曲は一体なんだろう。
 不思議に思ったロックマンが音のする方に近付くと、そこには残骸と化した建物の群れに半ば埋もれるような姿で深い編み笠を被り、褪せた墨染めの衣に袈裟を纏った長身の男が竹製の笛を奏でていた。反射的に身構えると気配に気付いたのか男は尺八を奏でるのを止め、ロックマンの方に向き直る。
「お主か、ロックマン」
「…… コムソウマン」

 闇を舐め尽くす深紅の炎、飛び交う悲鳴と怒号、逃げまどう人々。

 一片の慈悲も容赦もなく街を廃墟に変えた張本人の一人は、敵であるはずのロックマンに対して何故か攻撃の意思も見せぬまま静かに立ち尽くし、ロックマンが反射的に向けたバスターに対しても編み笠の影に隠れた眉を僅かに顰めるだけだった。
「今、この場でお主とやり合う気はない」
 低く重みのある声で宣言すると、コムソウマンは再び尺八を奏で始める。その音色は奇妙に寂しげで、思わずバスターを解除して曲が終わるのを待つロックマン。
 やがて曲が終わり、尺八の音の余韻が完全に消え去った頃にロックマンは思わず問い掛けていた。
「今のは?」
「弔いの曲だ」
 それを聞いた途端、バスターを発動させるのも忘れたまま激情のままに叫ぶロックマン。
「今更…… っ!」
 しかし、コムソウマンはそんなロックマンの怒りに感情を動かした風も見せずに月を見上げて呟いた。
「それが拙僧の役目であり、造り出された目的だった」
 よもや拙僧が最初から破壊兵器として造り出されたとは思っておるまいな。そう続いたコムソウマンの言葉に、ロックマンは何も言えなくなる。

※ ※ ※

 元々は一人の愚かで哀れな男の願いが切っ掛けだったと、コムソウマンは話しはじめる。
「その男は良く言えば奔放、悪く言えば極めて自己中心的な性格をしていてな。年老いた頃には家族も友も全て失っていたらしい」
 やがて人生の最期が近付いた時、ようやく男は自分が誰にも死を悼まれることなく忘れ去られるばかりだと気付いた。正確には周囲の態度から気付かざるを得なかった。
「それがどうしても耐えられなかったのだろう、男は己を弔い、供養させるためのロボットを作った。それが拙僧だ」
 それでも数年は上手くいっていたのだと、コムソウマンは続ける。
「だが、街の区画整理で男が葬られた墓が消え、それでも拙僧が墓の跡地で弔いを止めなかったために、気味悪がった人間たちは拙僧を訴え…… ロボット法によって破壊は免れたが、拙僧の記憶回路からは男の墓に関するデータが消去された、つまり、拙僧は己が造り出された本来の目的、男の墓所を弔い続けるという『役目』を失ったのだ」
 それが我々とってどれだけの喪失感と屈辱をもたらすものであるかは、ロボットであるお主になら想像がつくだろうというコムソウマンの言葉に、もしも自分が『役目』を奪われた場合を想像した途端に視界が暗くなるロックマン。
「人間は容易く死に、世界は刻一刻と姿を変える。それでも人間は永遠を夢見て、その夢を我々ロボットに託そうとする…… それが、どれほどまでに残酷な行為であるのかを決して気付こうとしないままにな」
 何一つ言い返すことが出来ないまま肩を振るわせるロックマンに、コムソウマンは頭上の月から目を離さぬまま呟く。
「人間は愚かだ。しかし、そんな愚かな人間に作られた我々も、また愚かなのだ」

 そして、愚かな我々の起こした愚かな行為が、人間たちへの警鐘となる。
 もしも人間たちが、その警鐘から目を背け、耳を塞ぐというのであれば。

「その時は、第二、第三の我々が立ち上がることになるだろう」
 ここまで言うと、コムソウマンはようやくロックマンに視線を移すと、編み笠に隠れた表情を僅かに和らげた。
「…… ところで話は変わるが、人間の作った物語にこんなものがあるそうだ」

 少年が暮らす小さな村に、ある日一人の見慣れない男が現れる。
 『墓堀り』を名乗る男の来訪に大人たちは嘆き悲しみ、少年はその理由を男に問うてみた。
 すると、男はこの世界が戦争によって毒に覆われ、やがてその毒がこの地にも到達するのだと答えた。そして自分は墓掘り専門のロボットで、人々が死んだ後に墓を掘り、弔いをするためにこの地にやってきたのだと。

「やがて『仕事』を終えた男がその地を去る際に、男は少年に問い掛けられた言葉を思い出して呟くのだ、もしも完全に世界が死に絶え、自分が壊れる日が来たとき、一体誰が俺の墓を建ててくれるのだ?とな」
 もちろん、そんな男の問い掛けに答えるものは誰もなかったと言ってから、コムソウマンは続ける。
「誰であろうと、本当に正しいことなど何も判らぬのだ。だが、それでも尚、誰もが己の信じた道を進んで行かねばならない」

 だからロックマンよ、お主はお主の信じる道を進むがよい。

 そこまで呟くと、コムソウマンは再び月に視線を移した。
「…… どうやら今宵の月が余計なことまで言わせてくれたようだ、いずれ、修羅の庭で会おう」
 そのまま再び尺八を奏で始めたコムソウマンは、ロックマンに背を向けると緩やかな足取りで歩き出す。その後ろ姿は寂しげな音色と共に遠くなっていき、やがて完全に見えなくなった。




墓堀りと墓守り 終

 青猫亭たかあきさんから頂きました、感涙のディメンションズ小説。
 もともと人間とロボットの調和からこぼれ落ちてしまった、そんな連中がディメンションズだと(勝手に)思っていたところにこの一打。もう有難いのなんのってあなた。

 人間とロボット、真に幸せな関係性って何なんだ。その問いにまだロックマンシリーズは答えを出していない訳ですが、体全体でその矛盾を突きつけてるのが連中なんだろうなあ。
 恐ろしく巨大な月が廃墟に出ている光景が脳裏をよぎります。たかあきさん、ありがとうございました。

 たかあきさんのサイトはこちらから→ 青猫亭綺談

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