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:: 一

 そういえば、こいつらが笑っとるところを見たことがないの。「エース」の膝を直してやりながら、ワイリーは心中で独りごちた。
 作業台にじっと横たわる相手……「エース」の顔は、無表情に近い生真面目さで固まっている。ロボットにしては珍しい緑色の長髪も、作業台の縁から流れ落ちたまま微動だにせず、その様はワイリーに凍った滝を連想させた。
 麻酔をしてあるとは言え、三十分も身動きがとれないのは鬱陶しかろうに、それをおくびにも出そうとしない。
 感情を見せるのを恐れているかのようだった。いや、実際そうなのだろう。彼――「彼ら」の置かれた境遇を思えば、畏まるのも無理はない。
「よーし、済んだな」
 修繕を終え、ワイリーは何の気なしに口に出した……途端、後悔した。
「恐れ入ります」
 間髪入れず、直った足でエースが作業台を下りた。本来ならさらに微調整が必要なのだ。
「ああもう、座っとれと言うに。調整はどうする」
「いえ、お差し支えなければ次はジュピターを」
 差し支えあろうがなかろうが、彼が聞き入れないだろうことは分かりきっている。ワイリーは兜を脱いで立ち上がり、部屋のドアへ向かった。
「ならそうするか。どれ、ついでに他の連中の顔も見てやろう」
 慌てたようにエースがその後を追った。

 *  *  *

 日本を震撼させた某ターミナル駅ビル占拠事件から一ヶ月。世間は元の平穏を取り戻したように見えた。
 が、それは表面上のことに過ぎない。不手際からこの事件を起こしたのが省庁とあって、国は被害者に正式謝罪をしたものの、賠償金額など具体的な補償についてはまだ形も見えていない。
 そして、心ならずも「実行犯」となった宇宙産ロボットたちは、今後の身の振り方も決まらぬままワイリー基地に一時預かりとなっている。
 もともと、地球は彼らにとってまったくの異世界である。加えて、万事彼らの意に反して起こった事件とはいえ、彼らがしてしまったことの大きさは尋常でなく、そのことが彼らの立場をいっそう不安定にしていた。

 *  *  *

 ワイリー基地別館は、半ば物置扱いである。
 本館とつながる渡り廊下が複雑怪奇に曲がりくねっており、普段使いには不便過ぎるのだ。基地そのものが増築に増築を重ねているところへ無理に建て増しした結果だった。
 ろくに日も射さず、青白い蛍光灯の続くその廊下を、ワイリーはこともなげに歩いていた。いくつめかの階段を下り、もうすぐそこの角を曲がれば目当てのドアだ。
 が、ひょいと角から顔を出したワイリーは、不意に目の前に現れた大きな影に危うく突っ込むところだった。
 見上げてみると、確かあの部屋の中に置かれていたはずの掃除道具用ロッカーだ。
 さして広くもない部屋である。邪魔になって出されたかな。何となくそう思った時、ロッカーの上で白っぽい何かがちらりと動いた。
 目を凝らしてみると、自分を見下ろす顔と目が合った。猫のような大きい耳、真っ白な合成毛皮の体。
 知った顔だった。身柄預り中のロボットうちのもっとも小さい一体だ。人間の幼児ほどだが、身軽ですばしこい奴である。
 そんな所に陣取って、どうやら見張り役らしい。スフィンクスよろしくうずくまったまま身じろぎもせず、ひたとこちらに据える目は針のように鋭い。
 厳重なことじゃの。思ったが顔には出さず、軽く手を挙げてやった。が、相手の表情が緩むことは案の定なかった。
 突き当りのドアをノックし、できるだけのんきな声をかける。
「入るぞ」
 ゆっくり二秒待ってドアを開けると、中の顔が一斉にこちらを向いた。皆、ロボットたちだ。
「ああ、博士」
 その中の一人……ロボットたちについていたシャドーマンが声をかけてよこした。彼と話していた一体……リング状のデバイスをたすき掛けにした人間型ロボットも、ややほっとした調子で頭を下げる。
「少々遅くなってしまったが、ジュピターを診てやる約束だったのでな」
「左様でございましたか」
 シャドーマンは部屋の奥を振り返り、ワイリーに分からない言葉で声をかけた。応じるように、やや小柄な一体……鳥に似せたロボットが足を引きずりながら出てくる。
「飛行ユニットの調子がおかしいのだそうです」
「なるほど。ちと厄介な箇所じゃの」
 そのロボット……「ジュピター」をとりあえず横にならせ、ワイリーは検診を始めた。シャドーマン、リングを持ったロボット……「サターン」、そしてエースがその手元をのぞき込んだが、ジュピターはエースに気づくとすっと目を逸らした。
 他のロボットは、おのおの部屋の隅に散らばっている。いや、たむろしている者もいるか。いずれにせよ間を開けられていることに違いはない。心の距離はなお遠いはずだった。
 やはりジュピターを先にすべきだったか。今更ながらワイリーは思った。エースの調子がひどく悪かったのは事実だし、さほど時間を食ったつもりはないが、それでも雲行きが怪しくなりかけている。

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