少し前から違和感はあった。
が、ワイリーの後に続いてくぐったドアが背後で閉まったそのときに、突然左足の股関節から先の感覚がすべて無くなり、あっと思った次の瞬間にはもう彼は床に転倒していた。
けたたましい音に肝をつぶしたのはワイリーよりも同行の有象無象よりもまず彼自身で、全身を打ちつけた痛みはそれまでのどの戦いで受けた傷よりなお衝撃的に思われた。
自身のかつてない異変に呆然としていた彼は、ワイリーの「どうした」の声で我に返った。が、はっと顔を上げると、そうして駆け寄ってきたのはやはりと言うべきか、主人たるワイリーただ一人。他の者は不審げな顔で遠巻きにこちらを見ているだけである。
「いえ、その」
なるたけ事も無げに立ち上がろうとしたが、つい先ほどまでは曲がりなりにも動いていたはずの左足はまったく感覚をなくし、重たい棒のようにぶら下がっているばかりである。
それでもどうにか顔色を変えずに壁につかまり立ちをして、運良く据え付けてあった手すりを頼りに彼は歩き出した。が、もとが人間用の手すりは体重をかけるたび頼りなく軋み、彼をいっそう不安にした。
彼としては必死で進んでいるつもりなのだが、普通に歩いているときほどの速さはどうしても出ない。いきおい、全員の足が遅くなる。
みな、自分を置いて先に行けば良いのに。そう思いもするが、セキュリティの都合上、一人しかいない係員に全員がついていかねばならないことは彼も教えられている。顔にこそ出さないが、内心いたたまれなかった。
――足かな。
背後から、無遠慮なささやき。小声のつもりだろうが、彼のイヤーセンサーは鈍感ではない。
――演技じゃない?
――なら、随分あざといな。
あまりの言いように思わずヒートしかかった神経回路を彼がどうにか抑え得たのは、ひとえに厳しかったかつての軍律のおかげである。
「うっちゃっておけ」
傍らを歩いていたワイリーが、彼だけに聞こえる声でささやいた。
「で、どうした、左足か」
「……いえ、問題ございません」
「遠慮はするな。関節か」
「はあ、その……」
「やれやれ、埒が開かんの。帰ったらすぐに診てやるとしよう」
「いえ、それは……いけません」
彼はあわてて、主人の言葉を打ち消した。
「最初に診ていただくのはジュピターのはずです」
主人はため息をついた。
「お前も融通がきかんな。突発事項は突発事項で早いとこ処理せにゃならんだろうが」
「…………」
「ジュピターもちゃんと診てやるわい。気にするな、エース」