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:: 四

 夕食の「分配」時に、事件は起きた。
 タンクで支給された食事――液状の特殊な合成エネルギー――のきっかり半分を、いつもどおりエースが九個のカップに分ける。
 そして、その一つをマーキュリーが手に取った。毒見だった。この基地に来て以来、毎食ごとに持ち回りで続けている。
 とはいえ、出された食事がおかしかったためしはまだない。そのため、ここ最近はほとんど惰性で続けているのも事実だ。
 だから、マーキュリーがエネルギーを一口飲んだとき、他のメンバーの何人かはもうカップを口に運びかけていた。
 マーキュリーの手からカップが滑り落ちた。
 一同が異変に気づいたのは、床に落ちたそれがばしゃりと跳ねた時だ。次いで全員の目の前でマーキュリーが崩れ落ち、もがき苦しみ始めた。
「飲むなッ」
 とっさに横のプルートの手からカップを叩き落とし、叫んだのはウラノスだ。
「ちきしょう、やりやがったな」
 椅子を蹴倒してマースが立ち上がり、他の一同も色めき立った。床のマーキュリーは苦痛で原型を保てず、半ば溶けかかった姿で痙攣している。
 ともかく、シャドーマンの助けを請うしかない。パニック状態の仲間をかき分け、サターンが壁の緊急呼出しボタンに走った瞬間――
 背後でどさりと誰かの倒れた音。
 次いでネプチューンの悲鳴。反射的に振り返ると、同じように倒れたエースの姿が目に飛び込んだ。床にばらりと広がる緑の髪。
「班長ッ」
 壁のボタンを殴るように叩き、サターンは二人の元へとって返した。
 班長も飲んだのか、あれを。毒見を待たなかったか……
 が、様子がおかしいことにすぐ気づいた。
 マーキュリーと違い、エースの体が動いていない。
 いや、動けていないのだ。その顔は驚愕と焦りでべったりと固まっている。が、首から下は人形のように力を失くし、手足は棒か何かのように投げ出されたきりである。
 それでもエースが体を動かそうとしているのは全員に分かった。しかし、同時にそれは無駄な努力でもあった。その四肢は小刻みに痙攣するばかりで、ものの役に立ちそうな気配はまるでない。
 打ちのめされたようにサターンは真相を悟った。限界に近づいていたエースの神経に、今の騒ぎがとどめをさしたのだ。

「やってられるかッ」

 マースが吼えた。
「どうすんだよ班長。身動きとれねえ、武器も持ってかれた、おまけに今度は毒まで盛られたじゃねえか。ここまでコケにされてまだ我慢しろってのか」
 他の者が止める間もなく、彼は横たわるエースの胸ぐらを掴んで引きずり起こした。
「あんた、それともあれか。最近オレたちが離れかけてるってんで、連中と組んでツブしに……」
 相手の体を揺さぶりながらマースがわめく。その声が妙に甲高いことにビーナスは気づいた。マースは知ってしまったのだ、自分が今まさにしでかしていることの意味を。
 そして、歯を食いしばって相手を睨み返すエースの表情をサターンは見た。耐えている顔だった。相手の狼藉に、ではない。恐怖にだ。
「どうなんだ、何とか言いやがれ」
 異様な空気にあおられたように、マースは上官の長い髪をぐいと鷲掴みにした。
 場が一挙に凍りついた。彼らの母国において、班長機の髪は班旗を兼ねている。粗略に扱えばただではすまない。
 足元の揺らぐような錯覚とともに、誰もがそれを悟った。
 クーデターだった。
「何をするッ」
 次の瞬間ウラノスが激昂した。彼はそのままマースに踊りかかり、すさまじい激突音が轟いた。

 *  *  *

 耳をつんざく警報、たまたま話し込んでいたシャドーマンとメタルマンは跳び上がった。
 九人の部屋の非常コールだ。顔を見合わせ、同時に駆け出した。

 *  *  *

「何事だッ」
 押っ取り刀で駆け込んできたシャドーマンとメタルマンが、入り口でぎくりと足を止める。その二人を見て取るやマースが食って掛かった。
《やりやがったなこの野郎、よくもオレたちを》
 ウラノスに羽交い絞めにされながらまくし立てるマースの言葉――彼らの母国語――は興奮のあまり支離滅裂で、追いすがったネプチューンの制止にも聞く耳持たない。
「落ち着け、どうしたというのだ」
《とぼけんじゃねえよ。毒だッ、一杯食わせやがったろ》
「毒? 待て、何の話だ」
 必死になるあまり、シャドーマンは彼にしては珍しく一つのミスを犯した。通訳が必要な際にいつもそうしている通り、宇宙ロボットの言語と日本語の同時発声で発言してしまったのだ。
「ああ?」
 聞き捨てならない一言にかっとなったのはメタルマンだ。
「毒たあ何だ、俺たちが一服盛ったって言いてえのかッ」
 シャドーマンを押しのけ、メタルマンがマースに詰め寄る。
 言葉は通じないが、剣幕は一瞬で場に伝わった。
 マースは高出力のエンジンをふかし、メタルマンはブレードの使用をちらりと考えた。マースにつくようにビーナスとジュピターが踏み出し、それに対してネプチューンとサターンが身構える。
 お互いに退く道は断たれた。全員がそれを覚悟した瞬間――

《――――――――静まれ!》

 大音声が空気を揺るがした。
 居合わせた者が一人残らず打たれたように震え、その声の主を振り返り……皆一様に目を見張った。
 エースがそこにいた。
 萎えていたはずの足は仁王立ちとなり、両手は体の脇で固く拳を握っている。
 そして、見る者全てを射倒さんばかりのその眼差し。
 紛れもない、指導者の気迫だった。
 彼はつかつかと最前線へと歩み寄った。恐れ気のない足取りに、近くの者が思わず道を空ける。あのマースでさえ、その一瞥で牙を抜かれたように後じさった。
 エースはそのまま、すっとメタルマンの前に立った。
「部下が大変失礼した。支給の食事を口に入れた途端に倒れた者がおり、早合点したようだ。急用ゆえ恐れながら助力をお願いできまいか」
 シャドーマンが入る隙もない、よどみない日本語。メタルマンも気おされてうなずいた。
「お、おお。そりゃ、アレだな」
 彼は壁の通信盤に走り寄り、ワイリーの研究室にダイレクトコールを入れた。
「別館で急病人です。食中りかも知れません、大至急お越し願います」

 *  *  *

 三分ですっ飛んできたワイリーがマーキュリーの治療を始めたとき、一同は糸が切れたように座り込んだ。
 興奮冷めやらずぼんやりとした頭のまま、入り口近くのエースがすいと部屋を後にしたのをサターンは視界の端に捉えた。
 何とはなく後を追い、廊下に出て声をかけた。
「班長」
 その声にエースが振り返る。
「先ほどはお見事でございました」
「ああ」
 どこか吹っ切れたように穏やかな上官の表情。
 安堵しながらも、心中でふと首を傾げた。
 が、それ以上考えることはせず、サターンはエースに並んだ。
「私の力不足でさぞやご心痛だったかと」
「いや、お前には苦労をかけた」
 廊下突き当りのエレベーター。ちょうど開いたドアに、エースは足を踏み入れた。
「屋上の空気でも吸ってくる」
 無理からぬことだった。サターンは頭を下げた。
「かしこまりました。後のことは私がいたします」
「頼む」
 自動ドアの音。
 それにかぶせ、ごく小さな声でエースの声がした。
「トコヨ」
 不意に本名を呼ばれ、サターンははっと身を起こした。
 自分たちを隔てて閉まりゆくドア。その隙間に覗いたエースの右目が、ほんの一瞬ちかりと光った。
 電撃に打たれたようにサターンが立ちすくんだ刹那、ドアが閉ざされた。
 至近距離の赤外線通信。彼ら宇宙ロボットの目に仕込まれた共通規格だ。エースの飛ばしたメッセージはただ一言。

 ――苦労をかけるが、後は頼む――

 背筋が凍った。彼が力を取り戻したのは、立ち直ったせいではない。
 全てを投げてしまっていたのだ。
 とっさにエレベーターのボタンを連打した。すぐに上階行きが点灯するが、頭上の表示はぐんぐんと昇っていく。取るものも取り合えず横の階段に走った。
〈班長、班長〉
 遠距離通信で呼びかけたが応答はない。屋上は圏内のはずだが、オフになっているのか。
 走る衝撃で首は痛み、信号伝達不備でもつれる足はもどかしいばかりである。
 なんて間抜けだ、俺は。あれほど近くにおりながら。
 ほとんど倒れこむように屋上にたどり着くと、建物の縁に立つ上官の姿があった。
 重い曇天を背景に、その姿はあくまで小さい。
「班長ッ」
 めまいがした。先のビル占拠事件でエースは頭を撃たれている。修理も済まないうちに再度強い衝撃を受ければ終りだ。
「馬鹿なことを、お留まり下さいまし」
 すくんで動けないまま、それでもサターンは必死で呼びかけた。
「来たか。やはり察しがいいな、お前は」
 柔らかい微笑は、サターンの知らない顔だ。
「もう疲れた。良かれと思って動いていたつもりだったが、この星の流儀とは、私は相容れんようだな」
「何をおっしゃいますか。現に先だって」
「わかったのだ。この星のロボットは戦闘用ではないと言われたろう? 軍隊式ではかえって皆の妨げになるばかりだ」
「班長、後生でございますから……」
 が、上官は姿勢を崩さないまま、穏やかな目をサターンに向けた。
「もう退かせてくれ。お前なら皆も従おう」
 それだけ言い残し、彼は虚空へと一歩にじり寄った……

〈班長、トコヨ!〉
 全く唐突に、遠距離回線から通信。二人は思わず身を震わせた。
 階下のネプチューンだ。泣き出さんばかりの悲鳴である。
〈ノバシリがいないのッ、いなくなっちゃったのよお〉

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