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:: 五

 二人ともが――エースすら絶句した。
 ノバシリ……「プルート」。言うまでもない、ネコ型のちび助だ。
 そういえばいつだ、最後に見たのは?
〈確か……私が〉
 ウラノスが恐る恐る通信してくる。
「そうだ、お前さんだったな。あいつのエネルギー叩き落したの」
 あの毒物騒ぎだ。
 そしてその後のひと悶着から今に到るまで、大人たちは一人残らず、あの騒動に気を取られていたのだ。
〈どうしましょう、あいつ、きっと外に出ちゃったんだ〉
 ジュピターの声も取り乱しきっている。確かに先ほどシャドーマンたちやワイリーが出入りした際、別館は本館に開かれていた。ほんの一時だが子供一人がすり抜けるのは造作ない。
 大人たちの対立にパニックを起こし、飛び出したに違いなかった。
 通信越しに皆が絶句する気配。
 その時の自分の行動は、後で振り返っても(彼にしては珍しく)何とも捉えがたかった。相手にすがりたかったのか、叱咤したかったのか、あるいはもっと別の何かか。
 とにかく、なす術を知らぬままそれでもサターンはエースに向かって歩み出た。
 そのままエースの両肩を掴み、小さく揺さぶる。荒々しくこそないが、自分でも驚くほど強い力が出た。
「班長」
 その瞬間にエースの顔をよぎった表情を、サターンは恐らく忘れないだろう。
 ありとあらゆる動揺がいちどきにそこを通り過ぎ、一瞬後、その目がすっと彼を見た。
 同時にサターンの脳内の回線が開いた。班長機から全員への緊急回線だ。
〈みな、そこにいろ。すぐ行く〉
 凛と通る声。よく知っている……この上なく頼もしい声だった。
「トコヨ」
 実声で名を呼ばれ、弾かれたように顔を向けると、上官と目が合った。穏やかだが、先ほどとは比べ物にならないほど力ある眼差し。
 ああ、戻ってきたのだ。
「ノバシリを探す。手を借りたい」
「……はっ」
「面倒をかける」
 言葉にならず、サターンはただ幾度もうなずいた。

 *  *  *

 二人が駆け戻ると、修理途中のマーキュリーも含めて全員が一斉にこちらを向いた。みな無言だが、その目には一様に強い不安が満ちている。
「あの体では遠くへ行っとるまいが、見つけられんかったら行き倒れじゃ。まして万一、基地から出とったら……」
 ワイリーが顔をしかめ、他の者も落ちつかなげに目を見交わした。
「メタルマン殿はどちらへ」
 エースが部屋を見回した。
「本館へ戻った。ワシの代行じゃ」
「なるほど……」
 エースは一時考え込むように落とした視線を、すっとワイリーへ向けた。
「博士、メタルマン殿にお取次ぎいただけますでしょうか」
「構わん。すぐ呼び戻そう」
「いえ、私どもから出向きたいのです」
「ん……?」
 意表を突かれた顔でワイリーがエースを見返し、一瞬の間、二人は沈黙のまま向かい合った。
 と、ワイリーがシャドーマンに軽く合図した。
 それを受け、シャドーマンがごく短く、言った。
《行くぞ》
 ちらりと目を交わし、エースとサターンは二人、彼に続いた。

 *  *  *

 本館中央管理棟一室。
「行方不明か」
 身柄拘束のルールを曲げて突然訪ねてきた二人を入れてくれはしたものの、メタルマンの表情は渋かった。先ほどの騒ぎの後である。
「で、どうすんだよ。地球のセンサーじゃ引っかかんねえぞ。お前らの通信もセンサーも別館出ちまったら使えねえんだろ。人海戦術になるぞ」
 きつい内容だった。ナンバーズに頼るしかないが、彼らの助太刀を頼るのは現状、限りなく難しい。
 どうする。助け舟を出すか。シャドーマンが口を開きかけたとき、
「……無理を承知で、助けてはいただけまいか」
 声を出したのは、エースだった。
 メタルマンが軽く目を見開いた。シャドーマンもおや、と思った。ついぞ聞いたこともない、静かでいて芯の通った声だ。同じ依頼でも、たった十五分ばかり前のあの噛み付くような鋭さは影もない。
「これまでのご無礼を考えれば身の縮む思いです。虫のいい願いなのは重々身に沁みております。……だがあれは我々には二度と得がたい同胞だ、どうあっても助けたいのです」
 エースは、メタルマンに頭を下げた。
「どうかもう一度だけお力添えを頂きたい。我々の処遇はあなた方にお任せします」
 その足が微かに震えたかに見えた。が、それはほんの一瞬のことで、その深い敬礼の姿勢が崩れることはなかった。
 彼の横にサターンが並び、同じように頭を垂れた。
《あれが逃げましたのも、皆様方のお怒りも、お恥ずかしい限りですが元はと申せば万事、身から出たさびでございます。このうえ大層厚かましいお願いかとは存じますが、私からも伏してお願い申し上げます。この通りでございます》
「頼むメタル、わしに免じて手を貸してやってくれ。今回の件はわしの力不足でもあるのだ」
 サターンの言葉を訳した流れそのままに、シャドーマンも言葉を足した。
 メタルマンは腕を組んだまま押し黙り――くるりと後ろを向いた。
 駄目か。エースの体から力が抜けかけた時、壁のタッチパネルの音、次いでメタルマンの声が響いた。
〈えー、緊急放送。別館にて保護中の『プルート』機が失踪した。当直以外のメンバーは三分以内に本館中央管理センターへ集合。以上〉
 弾かれたように身を起こしたエースとサターンの目を、振り返ったメタルマンが見た。
「止せよ」
 相変わらずぶっきらぼうな声。
「トップ2直々に頭下げられちゃ断る訳にいかねえだろが。……あと」
 メタルマンが、体ごとこちらに向き直った。
「さっきのエネルギーな、持ち帰って調べてみたんだ。配合成分の計算違いだった」
 思わず顔を見合わせた二人の前で、メタルマンが体を折った。
「悪かった、こっちのミスだ」
「や、やめて下さい」
 思わぬ展開にあたふたする二人に、顔を上げたメタルマンは付け足した。
「あんたらの言いてえ事はわかったよ。こっちもできるだけの事はする」
「――わかりました、感謝します」
 噛みしめるようにエースは答えた。
 自分たちの側でも、できる限り歩み寄る。そういう意味であり、その覚悟だった。
 ドアの外にぱらぱらと足音が聞こえ始めた。召集されたロボットたちが集まってきたらしかった。

 *  *  *

 眼前に開かれたドア。宇宙ロボットたちは立ちすくんでいた。
 エースとサターン、そして消えたプルートを除けば、ここを出るのは収監以来ひと月ぶり――つまり、初めてのことだ。
「いいか。今回はあちらの皆様方のご厚意で、特別に俺たちも捜索に加われることになった」
 サターンが一同を見回した。
「これまでの行き違いは置いとけ。今はあいつを探し出すのが先決だ」
 誰かがごくりと唾を飲んだ。本当に外へ出るというのか。
「合流時間だ。続け」
 エースが短く言い、本館への渡り廊下へ踏み出す。サターンが一同を軽く促す。他の者はしばしおずおずと顔を見合わせていたが、やがて誰からともなく上官に続いた。
 その中で、最後まで動けないでいる者がいた。身の置き所もない風情で大きな体を縮めている。他の全員が渡り廊下に出、歩き始めてもその姿は動かず、仲間の後姿を見送っていた。
 やがて彼らは角を曲がり、姿が見えなくなった――
 と、そこからふっとエースが顔を出した。
 残った一人はびくりと後ずさった。その影にエースが声をかける。
「トドロキ」
 影――マースは、言葉もないまま目を見開いた。
「行くぞ」
 それだけ言い、エースはまた角の陰に姿を消した。
 残されたマースの巨体は一瞬うろうろと揺れたが、やがてエースの後を追って走り始めた。

 *  *  *

 宇宙ロボット、ナンバーズ、双方ほとんどの者にとってはひと月ぶりの、無言の対峙だった。
「お互い手打ちって訳にゃまだいかねえだろうが、何せ非常事態だ。細かいことは後にしようぜ。基地周辺のどっかに必ずいるはずだから、手分けして探すぞ」
 短い前置きの後、メタルマンの口から班分けが発表された。
 聞いて、そこここから小さなざわめきが起こる。多くは動揺と不安を含んでいた。班はいずれも、宇宙ロボットとナンバーズの混成だったのだ。
 確かに理に適ってはいた。いなくなったプルートの特徴はナンバーズには分からないし、宇宙ロボットはこの近辺の地理を一切把握していない。
 しかしそれは、これまでの成り行きを全て棚上げしておくという意味だった。メタルマンの台詞も、つまりそれを促している。
 誰もが感じた不安は、まさにそこだった。
 そのとき、すっと一人の姿が前に出た。メタルマンよりやや小柄な影。
 それが一同の前で深々と頭を下げた。飾り気のない、潔い所作だった。
 エースだ。
 さざ波のようなかすかな声が全員の間を走り、静まった。
 横から、メタルマンがもう一言付け加えた。
「こいつは非公式だがな、ライト・コサック両ナンバーズにも応援を要請してある。中途で合流する予定だ。……じゃ、行くぜ」

 *  *  *

 夕刻。ロボットたちが外へ出たとき、曇り空は予報通りみぞれとなっていた。
 基地内の隔離されていないエリアをくまなく捜索したがプルートの姿はなかった。話し合いの結果、メタルマンとエースは彼が基地から出たと判断し、探査区域を外部へと切り替えた。
 先ほどの班分けのまま、ロボットたちは指示通り基地周辺に散っていった。
 基地が山間部に建っているため、捜索に使えるのは人手のみ、通信はナンバーズの無線通信頼みとなる。
 難航は目に見えていたが、口に出すものは誰もなく、皆がただ黙々と動いた。

 *  *  *

 山道から逸れて藪の中を探していた一班。フラッシュマンが足を取られて転び、ぬかるみに尻餅をついた。
 立ち上がる拍子に思わず舌打ちした。と、手を差し伸べて来た者がいる。同班のサターンだ。ひどく済まなそうな顔をしていた。
 あんたらの事じゃねえよと言いたかったが、言葉が分からない。せめて表情を緩めた。

 *  *  *

 また別の班。こちらでは逆にジュピターが足を滑らせかけた。
 傍らのグラビティーマンが特殊武器の能力でそれを支えた。ほぼ飛行専用の相手が怪我で飛べずにいることは聞いて知っていた。
 少し間があり、やがてジュピターが彼の肩に掴まった。グラビティーマンは何も言わず、そのまま肩を貸してやった。

 *  *  *

 ライト・コサックナンバーズから合流の通信が入り、手近な班からぱらぱらと合流完了の報告が送られて来始めた。
 ファイヤーマンが左手に炎を灯して小さな洞窟を照らす。入り口を覆う木の枝をウラノスが押さえて呼びかけるが、返事はない。
 トードマンがもぐり込み、ややあって首を横に振ってみせる。
 隣の洞窟ではブライトマンとドリルマンが同じ事をやっていたが、こちらも収穫はないらしい。

 *  *  *

 メタルマンとエースの組に入ったのはロックマンだった。プルートの特徴を訊ねた彼にエースが短い説明をする。
 その相手の背後に佇む二人連れに気づき、エースは目を見開いた。
 どちらも十歳ほどの少女たち。見覚えがあるどころではなかった。
 エースの視線に気づいたか、ロックマンが二人を振り返ると、少女たちは静かに微笑んだ。
「二人とも、自分から来たんです。どうしても一緒に探したいからと」
 ロックマンの声。エースは二人に深く頭を下げた。もう何度目か分からなかったが、ただそうするしかなかった。そして、この星に来て初めて、涙が流れるのを覚えた。

 *  *  *

 増水した川のほとりまで下りていったのは、バブルマンとビーナスだ。
 膝まで水に浸かり、大きな石の陰を呼んで回る。ついさっきまでは岸だった場所だ。
 岩陰にちらりと毛皮のような物が見え、二人は顔を見合わせた。追いついたストーンマンが石に手をかけ、軽く持ち上げる。
 水に流れ出したそれがごみの塊だと分かったとき、一同は軽く息をついた。まだ先は長そうだった。

 *  *  *

 みぞれを凌ごうと岩陰に座り込んだスパークマンの真上に水滴が落ちてきた。
 防水はしているが水は好きではない。安全そうな場所をうろうろと探す彼に、ネプチューンが場所を空けてやった。
 数秒して、岩陰のそこここから落ちていた水滴が止んだ。他の班員が一息つく横で、ネプチューンとウェーブマンの目が合った。お互いに何も言わなかったが、事足りた。二人して、自分の能力で水の流れを変えていたのだった。

 *  *  *

 道端に座り込んでしまったタップマンの傍らにはマース、ウッドマンがいた。
 山道で車輪に木の枝を絡めてしまったタップマンの足をマースが診てやっていた。野戦慣れしているらしく手つきは淀みない。彼も先ほど、自分の足の車輪を掃除したばかりだ。
 駆けつけたウッドマンが、簡単な山歩きの方法数通りをその場でレクチャーしてやり、一同はまた立ち上がった。

 *  *  *

 液体化して這うように崖を降りるマーキュリー。上から照らしながら誘導するのはヒートマンだ。
 お互い、通信も言葉も通じない。声もそろそろ届かない距離だ。ヒートマンの炎の動き、反射を返すマーキュリーの分裂パーツの動き、そのやりとりが二人の言語だった。

 *  *  *

 山間部捜索開始から四時間。
 各班からの定時報告も決め手を欠き、全員に疲労の気配が増してきた時。
 一本の通信がメタルマン宛に入った。

 *  *  *

 最初にソレを見たのは彼だ。
 見たというよりは、視界の端にちらりと映ったというのが正しい。物の色も分からないような闇の中で、ソレは周囲の枝葉に溶け込んでいた。
 それでも彼がソレを視認し得たのは、同時代のロボットは言うに及ばず地球産ロボットと比しても段違いと言える性能のためだ。
 片手に点した灯りを、彼は樹上のソレに近づけた。
 と、灯を当てられたソレがごそりと動いた。ちかりと光る二つの……
 目。

 見つけた。

 しゃっと猫さながらの威嚇音、だが逃げ出す気配はない。怪我が治っていないと聞いている。
 無理やり捕らえようと思えば造作もない。が、それは手段としては最悪だった。むしろこの自分にはどうしようもないことを、彼はよく心得ていた。
 近くで電気ランプの灯り。それに向け、彼は自分の灯りを振った。
《どうしました》
 ほどなく少女二人が駆けつけてくる。彼は無言で樹上を指した。目を凝らした二人が同時に息を呑む。
《まさか、ずっとあんな所に……》
 人間の方――カリンカとか言ったか――が声を震わせる。
《ねえ、降ろしてあげて》
 もう一人――ロボット、確か名はロール――が、彼を見上げた。彼女らの言語はまだ彼にはわからないが、連れて来いと言っているのは状況で知れた。
 が、彼は首を横に振った。
 無言のまま、二人が同時に彼を見る。心持ち睨む目つきだ。
 そんな目をされるいわれはなかった。二人とも知っているはずなのだ、この自分と他の宇宙ロボットたちがどういう間柄か。
 そもそも今日、自分は後方支援で、彼らとは顔を合わせないことになっていた。それが予想外の人手不足で駆り出された。ここにこうして彼らと一緒にいること自体がイレギュラーなのだ。
 まさか、この自分がこのちびを見つけるなど。
《どうしましょ、私たちでは届きませんわ》
《今メタルマンに通信したけど、みんな遠くにいるみたい。一番近い人でも三十分はかかりそうだって》
 少女たちにも打つ手はないらしいことを、彼は表情で察した。
 気温が下がり、みぞれは雪に変わりかけている。人間にも厳しいが、宇宙ロボットたちも日本よりずっと暑い気候――地球の東南アジア程度――で造られている。寒さへの備えはないはずだった。
 まして、ちび助は他の者が来るずっと前からこの場にいるのだ。
 カリンカがついと上を向いた。背伸びして、木に向かって呼びかける。
《ね、降りてきて下さらない。私たち、あなたを探しに来ましたのよ、そんな所では凍えてしまうわ》
 枝の上の猫は案の定、無反応だ。
 通じない言語で何をしているのだ、この小娘は。第一あのちび助にしてからが、聞く耳持っているとは思えない。
 三十分だろうが一時間だろうが、座して見張るしかなかろう。
 と、全く唐突にカリンカが彼を振り返った。
《あなた、あの子の国の言葉、お分かりになって》
「…………?」
 急に話を振られ、彼は幾分面食らいながら自分を指した。説得してくれというのか。
 彼は再び、首を振った。自分と彼らの不仲は国ぐるみなのだ。プルート――「ノバシリ」の国の言語は彼も部分的に知っていたが、彼の国の言語が混じればそれこそ逆効果である。
 万策尽きたか。彼は肩をすくめて目を逸らした。
《ロールさん、メタルマンさんに通信入れてくださらない》
《わ、わかった》
 少女たちが背後で何やら話し合っている。聞き取れないが、聞く気とてなかった。

 *  *  *

「ん、エースの奴か。ここにいるが、どうした」
「…………?」
 急に名を呼ばれ、エースはメタルマンを見上げた。
「なに、今お嬢さん方から通信が入っててよ。木の上のチビさんの事で、何かあんたに訊きてえとよ。えーと……え、何だって」
 メタルマンは頓狂な声を上げ、しばらく通信に没頭していたが、やがて首を傾げながらエースに尋ねた。
「あんたの国の言葉を知りてえとよ」
「我々の?」
「そうだ。今から言う言葉を、あんたらの国でどう言うのか知りてえんだそうな」
 そう言って、メタルマンは少女たちの伝えた内容をそのままエースに聞かせた。

 *  *  *

 樹上の影は身を強張らせ、小刻みに震えている。
 体温を保とうとしているのだろうが、そろそろ限界が近いようだ。このぶんでは増援が来るまでに機能停止しかねない。そうなれば修復は厄介になる。少女たちも半ば凍えかけていた。
 待つか、少女たちを連れ出すか。
 ちびを考えれば前者だ。少女たちを考えれば後者だ。そして彼個人的には、三人を置いて去っても呵責は別に……
「『ノバシリさん』」
 一瞬、思考が停止した。
 何だ、今のは。考える間もなく、少女――ロールの声が響いた。
「『お願い、降りてきて。私たち何もしないから』」
 どういう事だ。あの娘の言葉が聞き取れる。正確にはあのちびの国の言語だが、彼にも多少の心得はある。
 プルートの影がぴたりと動きを止めた。
「『あの事だったら気にしないで。私たち、怒ってないわ。あなたが悪かったわけじゃないもの』」
 あの国の言語を誰かから聞いて、この娘は再現しているのだ。
《ねえ、降りてきて》
 人間の娘――カリンカも呼びかけている。
「『ねえ、降りてきて』」
 やや遅れて、ロールが呼びかける。カリンカの言葉をロールが誰か――恐らく、あの「ジンライ」だかエースだか――に伝え、返ってきた翻訳をそっくり口にしているのだ。
《お願い、どうぞ怖がらないで。私たち、こんなところであなたを死なせたくありませんの》
「『お願い、どうぞ怖がらないで……』」
 彼の眼前で、「ノバシリ」が首を動かし始めた。戸惑ったような動きだった。
 それに被せるようにロールが最後の一言を口にした。
「『降りてきて。班長もみんなも、あなたに悪かったって。もう、みんなで仲良くするからって』」
 と、チビ助がゆっくりと、本当にゆっくりと動いた。
 ロールとカリンカが手を握り合う。三人が固唾を飲む中、「ノバシリ」は震える足で幹へと移り、ほとんど落ちるように地上へ降りた。
 少女たちが駆け寄って彼を抱き上げた。二人して泣きながら、抱え込むように抱きしめている。
 その様を、彼は呆然と見守った。
 何が起こった、今。
 自分が目の当たりにした中身を理解できず、彼はくらくらと頭を振った。言葉も分からぬまま憎み合った者同士ではなかったのか、このちびと娘たちは。
 衝撃を整理できずに目をやると、少女たちがちびの体に上着を被せている。
 馬鹿か、自分たちが凍死するではないか。
 彼は大きめの枝を拾い、その手に軽く力を入れた。すぐに枝全体に熱が走り、蒸気が立つ。直後、水分を失ったそれは枯れ枝のように燃え始めた。
 いくつか石を集めた上にその枝を乗せ、同じように水気を抜いた枝を放り込んだ。
 驚きの眼差しを向ける少女たちを、彼は顎で促した。というより、そうするしかなかった。
 かける言葉を見つけられないのである。なぜこんな事をしてやる気になったのか、彼にも皆目見当がつかなかったのだ。
 炎の前にしゃがんで暖をとる二人、その腕の中のちびが自分を睨んでいるのに気づき、彼はその場に背を向けた。これが本来の立ち位置である。むしろ解放された気分だった。
 と、カリンカが声を上げた。振り返ると笑顔があった。
 相変わらず聞き取れないが、自分に何か言っているようだ……
「『ほんとに助かったわ、この子を見つけてくれて』」
 ロールの声。彼は今度こそ耳を疑った。自分の国の言葉だった。「ノバシリ」たちのものではない。
 同時に、彼女の通信の先にいる相手も見当がついた。この言語を知っているものは自分以外にはたった一人、彼の「兄」に違いなかった。
「『ありがとう、サンゴッドさん』」
 名前を呼ばれ、彼――「サンゴッド」は今度こそその場を早足に去った。
 正しくは、逃げた。何を返せばいいか、どう考えればいいか、本当に分からなかった。

 *  *  *

 吹雪の山の方々を繋ぎ、通信が飛び交い始めた。行方不明のプルートが無事保護された報せだ。
 礼を伝えるエースの言葉は、彼にしては珍しく震えている。
 メタルマンを通じて伝えられたその通信を、ライト、コサック、ワイリーの全ナンバーズ、そして宇宙ロボットたちもじっと聞いた。その声の背後にいるエースの声を、全員が確かに耳にした気がした。

 *  *  *

〈サンゴッドさん、行っちゃったわ〉
 撤退中。
 ロールからの通信に、スターマンは優しく返した。
「いいよ。あいつには大事なことだったと思う」
〈そうかしら〉
「そうさ。――ホント言うとね、少し悔しいくらいなんだ。あいつ、今日の今日まで僕に心を開いてくれなかった」
 通信の向こうで、ロールが息を呑むのが分かった。
「無理もないだろうね。兄弟って言っても、通じるところが少なすぎるもの。僕は地球のやり方で育ったけど、あいつはそんな物、一つも教わらずに――あの星を滅ぼしてしまった」
〈…………〉
「あの星でも、ここでも、壊す以外のやり方なんて分からないままで、ずっと独りぼっちだったんだよ。……あの星では自分の名前もなかったから、あいつ、僕以外の人に名前を呼ばれるの、今日が初めてなんだ」
〈そうだったの……〉
「だから、ありがとう」
〈え〉
 ロールと、そこにいるだろうカリンカに、スターマンは呼びかけた。
「君たち二人はあの坊やと一緒に、あいつまで救ってくれた……」
 そこまで言って、傍らに気配を感じた。
 見ると――
 エース……彼らの「仇敵」が、そこにいた。
「やあ……」
 不意を突かれた格好で、スターマンはそれでも返した。
 スターマンとサンゴッドは、エースたちにしてみれば故郷の敵だ。実を言えば今回の捜索でも、彼ら二人は九人から身を隠す格好での協力だったのだ。
 エースの口がゆっくりと動いた。
《ありがとう》
 確かに、そう聞こえた。
 しかも、スターマンの国の言葉で。
 一瞬、ぽかんと口が開いた。……が、直後、スターマンは、自分の成すべき事をはっきりと知った。
 彼は微笑むと、エースたちの国の言葉で返した。

《いいさ。――僕らも帰ろう、『アース』》

 今度は相手が呆然とする番だった。まるで雷に撃たれたように立ち尽くしている。
《地球も結構、悪くないだろ? 難しいことはまだ色々あるけど大丈夫だよね、僕ら》
 軽く片目をつぶり、スターマンは相手の肩を叩いた。言葉もないまま、エース……「アース」が何度も何度も頷く。
 やがて、二人は連れ立って歩き始めた。
 スターマンは一息ついて空を見上げた。雪の宙は荒れているが、ぼうっと明るい。

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