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:: 第七章 レリクト12

 誰もが……そのロボットまでもが動きを止め、その影を見つめた。
 流れるような身のこなし、簡素なシルエット、そして黒い覆面。
「シャドーマン!」
 驚愕の声があちこちから上がる。この事件中全く姿を見せなかった男の、衝撃的なカットインだった。
 同時に、空中から拡声器の大音声。
〈ふん。久しぶりに戻ってみれば惨憺たるザマじゃな〉
 メタルマンは弾かれたように宙を見上げ――
 見るはずのない顔を、そこに見た。
「……ワイリー博士」
 どっと膝から力が抜ける思いだった。紛れもなく、ひと月前から行方を絶っていた主人だ。
 拡声マイク片手に見慣れたカプセルの上に立つ姿。特に大柄でもないのに、今この場で最も頼もしく、雄々しく映った。
〈地球がよもやここまで物騒とは知らなんだぞ。のう、お偉い諸君〉
 主人――ドクター・ワイリーは、なぜかじろりと国家安全省サイドに目をやった。
 つられてそちらを見ると、高官数名が青ざめた、というより白い顔をしていた。亡霊にでも会ったような表情だった。
「あり得ん、どうやって」
〈企業秘密じゃ。それよりもう一人の幽霊にも会ってみんか〉
 その声とともに、カプセルからもうひとつ人影が現れた。
 あ、あ、馬鹿な。
「――――ロックマン!」
〈数時間ぶりですね、皆さん〉
 気が遠くなりかけた。死んだんじゃなかったのか。
 横で、敵ロボットたちが同様の顔をしていた。のみならず周囲のあちこちから驚愕の悲鳴が上がり、高官たちは今度こそへたり込んでいる。
〈説明していただきましょう、皆さんがぼくに依頼した内容について。おかげで、危うく殺されるところだった。――なぜ、僕を撃ったりなさったんですか〉
 ……何。
 誰が、誰を撃ち殺しかけたって?
〈答えたくないなら結構じゃ。代わりの者に説明してもらうとしよう〉
 ワイリーの言葉とともに、シャドーマンがすっと歩み出た。そのままぴたりと敵ロボットたちを見据える。
 その目がふっと和らいだように見えた。
〈みな久しいな。覚えているか、わしだ〉
 奇妙な声だった。いや、奇妙な音だった。シャドーマンの言語に、もう一つ別な音声がかぶさっている。判然としないが、それは何かの言語に聞こえた。
 と、敵ロボットがざわめき始めた。みな動揺しきった体で、何かを口々に話し合っている。
 待てよ。不意に何かが浮かんだ。
 聞き取れない言語。重なる音声。これは……
 ――そうだ、同時通訳だ!
 敵ロボット含め、彼はこの場にいる全員を巻き込んでいる。
 まさか。彼ら敵ロボットの言葉を話しているというのか、こいつ。
 シャドーマンは頭巾に手をかけ――そのまま、ぱっと後ろに脱ぎ捨てた。
 一同は打たれたように立ちすくんだ。
 頭巾の下は、驚いたことに人間そっくりの髪だった。
 ただし、誰が見ても分かるほどひどい有様だ。滅茶苦茶にはさみを入れたように乱雑に切られ、地肌が見えている部分さえある。整えようとした跡もあるにはあったが、髪ごと入れ替えない限りまともに戻すのは不可能だろう。
 敵ロボット勢の間に、声にならないうめきが流れた。
 隊長機がよろよろと二、三歩歩み出た。その口から言葉が漏れる。
〈……あなたは〉
 今度の言葉は、メタルマンにも聞き取れた。見ると、シャドーマンが合わせるように唇を動かしている。隊長機の言葉にも日本語をかぶせているのだ。
 シャドーマンが再び口を開いた。
〈千年ぶりか。よもやこのような形で再び会おうとはな〉
〈信じられません。あなたは亡くなったと……いや、生き残りは我々だけだとばかり〉
 千年? 生き残り? 頭の中を疑問符が渦巻く。何を話しているんだ、こいつらは。
〈一体……どういうことです〉
 隊長機がシャドーマンを険しい目で睨みつけた。
〈あなたともあろう方が、まさか『スヴァイ』に肩入れなさるのですか〉
〈待て、ここはスヴァイではない〉
 何だ、それは。「スヴァイ」? さらに聞き慣れない言葉に一同が首を傾げた時、隊長機の目が見開かれた。
〈違う? なら一体全体、この連中はどこの馬の骨だとおっしゃるのですか。これほどの仕打ちをしておいて今更……〉
「何を言う。突然攻め寄せてお嬢様を人質に取り、あまつさえ刃傷沙汰に及んだのはそちらではないか」
 ファラオマンが怒気もあらわに詰め寄り、敵ロボットたちも牙をむかんばかりの勢いで身構える。
〈よせと言っている。ここはスヴァイではない。彼らも敵ではない。……皆も不審だろうから率直に言う。ここは〉
 一呼吸空け、シャドーマンは二重音声を張り上げた。

〈ここはそもそも、我々のいた星ではない〉

 水を打ったような沈黙。
 誰も彼も、魂をなくしたように呆けていた。まるで話が読めなかった。
〈……ほし?〉
 やがて、隊長機が腑抜けのように繰り返した。
〈空の、星ですか〉
〈そう。あれらはみな遠くにあるから分からんだけで、みなそれぞれに大地を持っているのだ。我々のいた大地もまた、遠くからみれば一つの星に過ぎん。クーレン――我々の故郷は、こことは遙かに隔たった空の彼方だ〉
「おい、天文学やってる場合かよ。つうか話が分かんねえよ」
 クリスタルマンがついに悲鳴を上げた。
〈そうだな、そこから話そう〉
 シャドーマンは、二つの言葉で話し始めた。
 一つの星に、二つの大国があった。
 かつて王家を同じくしていた二国――クーレン、スヴァイ――はやがて決裂し、数十年に渡る全面戦争を戦うこととなった。
 そこで生まれたのがロボットだ。人間の知恵と機械の技能を持つ彼らは、両軍の兵士兼主力兵器として発展を遂げた。
 「敵ロボット」たち、そして当時は別の名だったシャドーマンは、戦争末期にクーレンで造られたロボットたちの一部である。シャドーマンと「隊長機」はそれぞれロボット軍の最小単位……「班」の班長を務めており、少し先に造られたシャドーマンが面倒を見ていたという。
 が、戦況はスヴァイに有利に流れた。シャドーマンの班は壊滅し、一人捕らわれた彼は、班旗である髪を切られる屈辱を味わったあげくに虜囚として封印処理された。彼が再び目覚めたのは両国の文明そのものが滅んだ後、たまたまこの星に来たドクター・ワイリーの手によってだった……
「つまりこいつらは……いや、あんたらは、地球のロボットではないのか」
 ファラオマンのかすれ声に、シャドーマンは静かにうなずいた。
 うめくような、言葉にならないどよめき。途方もない話だったが、そうでもなければ説明はつきそうにない。
 彼らの体を構成する謎のシステム。無数の古傷。通じない言語。確かに、初めからおかしかった。彼らは攻撃を仕掛けてきたこちらを、宿敵の国のロボット兵と誤認したのだ。
(防犯カメラがぶっ壊されてたワケもそれか)
 カメラという代物を、彼らはそもそも知らなかったに相違ない。形状から銃器か何かと間違えたのかもしれなかった。
「待て。その話がほんとなら、なんで地球でこんな騒ぎになる」
 メタルマンが口を挟んだ。看過できない疑問だった。
「それこそ、国家安全省のおかげじゃ」
 カプセルの上からワイリーが答えた。
 星の人間もとうに滅亡しており、せめて仲間のロボットの残骸だけでも残っていないかと、つい先月、ワイリーはシャドーマンを連れてその星を訪れた。そしてほぼ一ヶ月に渡る調査の末、半壊の生命維持装置につながれて機能停止状態になっている九体のロボットたちがまとめて出土した。
 国家安全省につけられていたと気づいたのは、不覚にもこの時攻撃を受けてからだ。負傷こそ免れたもののワイリーマシンを壊され、ロボットたちは奪い去られた。
「あの星に足止めを食らっておる間に何があったかは、こいつが知っておろう」
 ワイリーが目配せし、ロックマンが話を引き継いだ。
 先週、ライト博士宅に「タナカ綜合警備保障」を名乗る相手から犯罪者ロボット護送の依頼があった。
 それを引き受け、ロックマンは依頼通り貨物列車で警護にあたったが、途中で事故によりロボットたちが再起動した。
 止めようとしたロックマンは、やむを得ずロボットに発射した。が、ロックバスターはなぜか効かず、逆にロボット――隊長機の攻撃を受けた。見たこともないような不可思議な軌道だった。
 訳も分からないまま倒れ込んだロックマンの頭に、なぜかタナカ綜合警備保障の人間が銃を突きつけた。すまないが、このロボットたちは機密扱いなのだ。撃った人物は確かにそう言い、引き金を引いた。
 意識不明になった彼はその後、星からどうにか帰還したワイリーが偵察に来るまで、国安省の倉庫に放置されていた。
 この「タナカ綜合警備保障」が国家安全省であることは言うまでもない。
「破壊されたのはメイン頭脳でなくバックアップ用回路でしたが、国家安全省がぼくを殺す気でいたことに変わりはありません」
 ロックマンはそう断言した。
「いい加減往生際が悪いぞ、国安省の諸君。おおかたロボットを総取りする魂胆じゃったろうが、扱いの分からんものに手を出して火傷をし、その後もその場しのぎを繰り返したあげくがこの惨状じゃ」
 ワイリーが、じろりと地上の国家安全省側を睨む。
「……待ってくれ」
 メタルマンはうめいた。そうせずにいられなかった。
「じゃあ――じゃあ一体何だったんだ、この騒ぎは」

「徒労だ」

 低く、だが即座に、シャドーマンが返した。
「すべて、無用な争いだったのだ」
 恐ろしい沈黙が地上を支配した。足元の地面が消え失せたようなめまいを、その場の全員が感じた。
 あれほどの犠牲を払い、ロボット界全体を揺るがしかけたこの一大事が、何もかも無駄だったというのか。
 敵も味方もただ振り回され、やみくもに殺し合っていた。嵐が過ぎ去ってみれば、残る事実はそれだけだ。
 ――突如、低い含み笑いがそれを破った。誰もがぎょっと振り返る中、口を開いたのはあのロボットだった。
〈さっきから聞いておれば何のかのと、しち面倒くさいことじゃのう。ここがどこであれ、お主らが誰であれ、わしのすることに変わりはない。――人の手で生み出されたものは全て無に返す、それだけの話よ〉
 ぞっと空気が凍った。訳したシャドーマンの顔も引きつっている。
〈それはこちらも同じこと〉
 妙に優しげな声で隊長機が受けた。その顔には、背筋の寒くなるような笑みが貼りついている。
〈今さら貴様と共に天など仰げるものか〉
〈待て、抑えろ〉
 慌てて止めに入ろうとするシャドーマンの言葉を、隊長機は低く遮った。
〈あなたはご存じありますまい。……この男がクーレンを滅ぼしたのです〉
 シャドーマンの目が愕然と見開かれた。
〈クーレンだけではない〉
 隊長機の声が震えを帯びる。
〈この男は、母国のスヴァイをも滅ぼした。いや、人間も、機械も、何もかも根こそぎ焼き尽くしたのだ〉
 あの星の戦争末期。勝利の切り札として造られたと思しきそのロボットは、敵味方の予想を遙かに超える成果を上げた。その火力の前に人類、そしてロボットはひとたまりもなく滅ぼされた。
 九人が生き残ったのは偶然だった。たまたま駆け込んだ地下壕がその炎を避け得る位置にあり、しかもロボットの自動修復装置を備えていた。
 だが、定員のほぼ倍にあたる九人が常時接続したその装置は、長い戦争で半壊していた。そのため補給は充分とは言えず、結果彼らはその場にほとんど釘付けになった。
 その状態で寝たり起きたりを繰り返しながら、彼らは自分たちの文明が崩壊していく様を見続けることになった。
 その期間、およそ千年にわたる……
 壮絶な話に、誰もが成すすべなく、凝然と立ち尽くした。
〈その通り、わしは元よりそのために造られた〉
 ロボットは動ぜず、悠然と微笑んでみせた。
 その顔は、全員を打ちのめすのに充分だった。一つの星の文明を消し去るほどの力を持ち、あまつさえそれをやってのけた者。この地球で再び、それが繰り返されるというのか。
〈……待ってくれ!〉
 死の沈黙を割り、切羽詰まった声。
 誰だ。声のする方に顔を向けた一同は、ワイリーカプセルから飛び降りる新たな姿を見た。
「――――スター!?」
 クリスタルマンは思わず声を上げ、同時にとんでもないことに気づいた。
 これまた久々に顔を見るこの同期……スターマンの言葉も、また二重音声なのだ。
 周囲の者たちも幾人かは感づいたらしく、うろたえたざわめきが広がってゆく。
 その動揺を意にも介さず駆け寄ったスターマンが、その場のロボットたちに叫んだ。
〈そのロボット、僕の弟なんだッ〉
 爆弾のような一言だった。全員があっけにとられる中、最初に反応したのは敵ロボット――もとい「宇宙ロボット」たちだった。
〈ふざけるなッ、この期に及んで……〉
 掴みかかろうとした隊長機を、シャドーマンが必死に押し留める。
「よせシャドー、殺されるぞ」
 止めに入ろうとしたナンバーズを、カプセルから飛び降りたワイリーが制した。
「待て、二人に任せろ」
 その横をスターマンが抜け、ロボットの真正面にただひとり立った。
〈ふん。弟だの何だの、わしの預かり知らぬ話だ〉
〈そうだろうね。僕も君に会うのは初めてだよ。僕はあの星……「僕らの故郷」を知らないからね〉
 その言葉に、ロボットが怪訝な顔になる。
〈僕は多分、君の試作機だったんだ。だけどあの星で起動されないまま封印されてたらしい。最初に僕を起こしたのはワイリー博士で、その時はもう地球――この星にいた〉
 わずかな沈黙。
〈だから、このあいだ博士に連れられて星に戻ったのが初めての里帰りだよ。……君のカプセルを見つけたときは嬉しかった。僕と1番違いのロットナンバーだ。僕につながる者がやっと見つかったんだ。シャドーも顔見知りを九人も見つけた。信じられるかい、あのシャドーが大声で叫んでたんだぜ〉
 スターマンは、その場のロボットたち全員をぐるりと見渡した。
〈頼むよ。あの星でもこの地球でも、みんなに行き違いがあったのは分かる、でももう終わりにしようよ〉
〈今更承服できるか! この男のしたことも、この地球とやらで何があったかも、もう知っているだろう。それにそもそも、我々ロボットに戦う以外の役目などあるものかッ〉
〈違う、それは違う〉
 絶叫する隊長機を、同じ大声でシャドーマンが制する。
〈お前たちと戦ったロボットは確かにそうだ。だが、人質に取ったロボットたちを見なかったか。一体、彼らが武器を持って向かってきたのか。そこの少女たちはどうだ。この地球では、ロボットは戦いの道具ではないのだ〉
 隊長機の目を間近で見据え、シャドーマンは訴えた。
〈せっかく拾った命で、あの星の悪縁を引きずってどうする〉
〈解せぬな。自らの意義を捨てよと言うのか〉
 背後でロボットが唸るように言った。いらだった声だった。
〈違う、捨てるんじゃなくて換えるんだ。僕ら十二人、ここでまた生きていけるように換えるんだ〉
〈飲めんと言っているッ〉
 スターマンに隊長機が武器を振り上げ、同時にロボットも構えに入った。
 周囲の輪がどっと揺れた。恐れをなして津波のように退く人々、その恐慌の中でナンバーズはそれでも武器を構える。
 その中央に二人が割り込んだ。隊長機の弾道をシャドーマンが塞ぎ、スターマンがロボットの前に立ちはだかる。
 瞬間、混沌を圧して、凛と鋭い二つの声。
〈撃つな、我々も殺した。もう充分すぎるほど殺した!〉
〈撃つがいい、僕は死ぬだろう。でも僕は誰も殺さない!〉
 それは宙を走り、全ての者の耳を打った。
 静寂。
〈武器をとる必要はもうない。全て終わったのだ〉
 低く言い聞かせるようなシャドーマンの言葉を継いで、穏やかに、途方もなく穏やかに、スターマンの声が流れた。
〈僕にはあの星の思い出がない。だから、同じふるさとの君たちに会えてほんとに嬉しいよ〉
 誰もが動きを止め、聞いた。

〈よく生きてたね〉

 隊長機が武器を降ろした。糸の切れたような動きだった。
 つられるように、他の者たちも得物を下げる。あのロボットも、興が冷めた顔で、だがはっきりと構えを解いた。
 それを見届け、ワイリーが軽く合図をする。
 ファラオマンが駆け寄って少女二人を助け出した。ついで他のナンバーズが宇宙ロボットそれぞれの身柄を二人一組で押さえる。
 だが、ついさっきまで敵だった彼らはの体はみな力なく、拘束というよりはまるで両側からかばうような形となった。
 降りてきたロックマンと共に隊長機を支えながら、あれほど恐ろしかったこの相手が自分より一回り小柄なことに、メタルマンは初めて気づいた。
 怖がる必要もないものを互いに怖がり合っていたのだ、俺たち全員。
 宇宙ロボットと共に乗り込んだ護送車のドアを閉める間際、ロボットポリスのパトカーが列をなして入ってくるのが見えた。武装解除が済んだことで、現場が引き継がれたのだ。建物内の負傷者も、これで救助されるはずだった。
 護送車がゆっくりと走り出し、サイレンが外の音を隠した。

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