:: エピローグ

 日本のロボット史上稀にみる占拠事件はこうして幕を閉じた。
 事件を通して、死者は奇跡的に一人も出ていない。だが被害は小さくなかった。民間人を含めて多数の負傷者が出、現場となったビルは修復できないまま取り壊しが決まった。
 その人的・物的損害に対する費用は国家安全省、ひいては国が負担することがほぼ確定している。適切なノウハウを持たないまま未知のロボットを動かし、さらには人質救出より事態の隠蔽に走ったことが悪質と判断されたためだった。
 だが、「実行犯」である宇宙ロボットたちも当然、非難をまぬがれている訳ではない。
 彼らは現在、ワイリー基地に収容されている。ライト・コサック両博士を(形の上で)共同管理者に置いた上での苦肉の策だった。本来は公的機関の監視下に置かれるべきだが、警察は彼らを管理する技術を持たない。国家安全省に関しては言わずもがなである。そんな不安定極まりない状況で、彼らの武力を危険視する意見は決して少数ではない。
 そして、彼らにも情状酌量の余地が多分にあるとはいえ、その人質にされて命の危険にさらされた被害者が現実にいるのだ。

 *  *  *

 ロールがカリンカと共にワイリー基地を訪ねたのは、事件から二週間経った冬晴れの日だった。
 ライト・コサック両家とワイリー家とが研究上最低限の付き合いを持っているのは半ば公然の秘密だった。だが、今回は全くの極秘訪問である。あんな事件の後で、口さがない世間の目にさらされたくはなかった。
 広大な基地の奥、まだ入ったことのないエリアにその部屋はあった。シャドーマン、スターマンの後に続いて、二人は恐る恐る足を踏み入れようとし――戸口で立ちすくんだ。
 部屋の中央には医療機器が置かれ、ロボット用の医務室と一見して知れた。
 が、その周囲の治療台に横たわる者たち。ある者は分解されて修復を待ち、またある者は機械につながれて身じろぎもせず、しかしみな一様に重い傷を負った……
 ついこの間の記憶がどっと蘇ってくる。砲声、悲鳴、負傷者たち、自分を捕らえる腕。
 そして「彼ら」。
 カリンカが自分の手を握りしめてくる。きっと彼女も同じなのだ。進むことはできず、引き返そうにも足が動かず、少女二人はそこにとどまっていた。
 と、こちらにじっと向けられるまなざしと目があった。
 ――あの「隊長機」。
 下半身をはずされ、頭の傷もまだ手つかずで生々しい。
 ロールは慌てて目をそらした。それを合図に、シャドーマンが二人を廊下へと促す。呪縛が解けたように少女たちはきびすを返した。
 戸口から去りゆく直前、ロールはもう一度横目で部屋を見た。隊長機の顔はまだこちらを向いている。
 その口がゆっくりと動いていた。何の言葉を表しているのかは分からない。だが、確かにそれは自分たちに向けられている。
 足を止めた。カリンカが、続いてシャドーマンとスターマンが振り向く気配。
 彼女は戸口へ戻り、ゆっくりと部屋へ歩み入った。一歩ごとに足が震えてぐらついたが、そうしなければいけない何かがその足を支えていた。
 部屋のほぼ中央、医療機器のすぐ横の治療台。横たわる隊長機の顔の高さは自分と同じだった。至近距離で、ロールはひたと相手の目を見た。自分は今、どんな顔をしているのだろう。なぜかそんな考えが浮かぶ。
 ロールはこわばる右手をそろそろと上げ――隊長機の手を握った。
 その手はびくりと震えたが、やがて本当に微かに握り返す感触があった。
 相手の表情がゆっくりと動いてゆく。その顔の意味するところが、今の彼女にはよく分かった。


(了)

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