:: 二

「で、どうであった」
「……前回よりはましでした、こちらの言葉をだいぶ覚えましたので」
「ほんとにご苦労をお掛けいたしますね、私が代わりにお伺いできりゃいいんでございますが」
「言うな。今は早う体を治すことだ」
 別館一室。ロボットたちの往診を終えてワイリーが去った部屋で、ぼそぼそと話し込む三人の姿があった。
 シャドーマン、エース、サターン。話す言葉はいずれも日本語ではない。彼らの星の言語だ。
 ワイリーの発掘成果を強奪する形で国家安全省が地球へ移送した九体の宇宙ロボット。それが、エース・サターンを始めとする九人である。
 だが、輸送中のミスから再起動した彼らは、追ってきた国家安全省や警察を敵と誤認して脱走、居合わせた一般市民を巻き込んで死に物狂いの籠城事件を起こした。
 国家安全省が事実の隠蔽に走ったことが事態悪化に拍車をかけた。真相を知らされぬままロボット排除要請を受けたライト・コサック・ワイリーナンバーズは宇宙ロボットとの間で激戦になり、死者こそなかったものの双方に甚大な被害が出た。
 知らぬ間に生まれ育った星から切り離され、あっという間に凶悪犯にまでなってしまったわけで、本来ならば警察などしかるべき機関に拘束されていなければならない身だった。
 ただ、地球外のロボットを扱うノウハウが公的機関側に存在しないため、シャドーマン――彼らの同郷の先輩――がすでに居住しているワイリー基地に仮住まいしているわけである。
 が、風当たりは強かった。
 むろん大元の原因は国家安全省であり、被害者への補償はそこが中心となって行うことでほぼ確定している。だが、実際に人質をとり、武器をふるったのは彼ら九人だ。
 もともと戦争用だけあって武装は強力であり、使用にためらいもない。その様に人質は震え上がり、またそういう姿をメディアを通じて他の人々も見た。
 ついでながら、彼らの身元引受人が「規格外の犯罪者」ドクター・ワイリーなのも、あらぬ不安を駆り立てる一因となっている。
 時に他国から平和ボケと揶揄されるほどこの手の事件には縁遠い国柄が、この場合は裏目に出ていた。
「ほう、通じたか」
「ええ。……ただ、被害者に済まないとは思わないのかと」
 シャドーマンにエースが自嘲気味に答え、聞いたサターンが深々とため息をついた。
 一応の謝罪はしつつも財政難から補償問題に頭を痛める国家安全省の傍らで、宇宙ロボットのリーダー格――「班長」エースもまた針の筵に座っていた。
 まだ他の者の傷が癒えない中、ワイリーにとりあえずの修復だけしてもらい、二人で警察に出向いて事情聴取を受け続けている。
 だが当然というか、警察の対応は決して温かくはない。慣れない異郷でのタフネゴシエーションというよりは、実質責められに行くも同然だった。おまけにどこから嗅ぎつけたか、彼の聴取をここ何回かマスコミが追いかけてきている。
 まだ自身の体調が万全でない中、それらは彼の脳に大きな負担をかけた。先ほどの足の不調も、負荷を軽減するための安全装置が働いたせいであろう。それすら前述の通り、痛くもない腹を探られるネタとなっている。
「…………。とにかくご苦労であった、明日は、またわしも一緒に行こう」
 シャドーマンの言葉に、エースは慌てて手を振った。
「いえ、それではあまりに」
「気にするな。もともと悪いのは国家安全省だ。それにまだ、この星の者と話すには通訳が要ろう」
「……ありがとうございます。どう申し上げてよいか」
「申し訳ございません、自分が腑甲斐のうございます」
 頭を下げたエースの横で、首周りの包帯も痛々しいサターンが肩を落とした。
 エースが四苦八苦しながらも日本語を覚えつつあるとは言え、現状、宇宙ロボットと地球の者たちとの通訳がまともにこなせるのは、両方の暮らしに慣れているシャドーマンただ一人だ。
 九人と出自を同じくするものの地球に来た時期が早かった彼は、今回の事件では第三者である。また、前の星でも九人の先輩格だったこともあり、地球人、そしてワイリーロボットたちの間の貴重な仲介役として重宝されていた。
 だが日々の業務の中、彼一人では手が足りず、エースや他のメンバーの面倒を充分に見切れていない。事情聴取の通訳すら、最近はままならないのだ。
 また、九人の中でエースに次ぐ立場にいるのがサターンだが、こちらは事件で受けた傷が重く、人手として勘定に入れる訳にはとてもいかなかった。
「ところで、他の者はどうした」
 ふと周囲を見回し、シャドーマンは何となしにつぶやいた。
 気づくと、部屋の中の人数が大きく減っている。ドアの外で見張りに精を出す子供ロボット……「プルート」はともかく、他は牛型ロボット……「ウラノス」、半魚人型ロボット……「ネプチューン」の二人しか見あたらない。都合四人がいなくなった計算である。
 この別館の中は好きに移動していいことになっているから、どこかに気晴らしにでも行ったのか。そう思って二人をちらりと見ると、エースもサターンも驚くほど暗い顔をしていた。

 *  *  *

「甘えよ、班長はよ」
 別館、外れの一室。
「オレたちゃあんだけ命張ってた。トコヨなんか自刃までしかけた。それもこれも班長守るためだろ、それを当の指揮官があっさり白旗揚げてちゃ、こっちがいい面の皮だ」
 戦車型ロボット……「マース」が、彼らの言語でもう何度目かのぼやきを繰り返している。
「で、あげくヘコヘコ出向いて怒られてんだろ。腑抜け過ぎだぜ、このホシとやらに来てから。捕虜にも捕虜の意地があんだろがよ」
「武装解除というのが納得行かんな、俺は。得体の知れん連中にこうまで囲まれておちおち寝ていられるか。第一、あちらは武器を持ったままだぞ」
 液体金属でできたロボット……「マーキュリー」も、眉間にしわを寄せた。
「ていうか班長、ひょっとして抱き込まれてるのかも。今日の午後一で診てもらうのお前のハズだったでしょ、ホントは」
 蟹に似せたロボット……「ビーナス」が、先ほどのジュピターを振り返る。
「うん……」
 話を振られたジュピターはどこか気まずげにうなずき、どもりながら答えた。
「僕も、班長のやり方はちょっと……あれだと思う。これじゃほとんど、ここの人たちの言いなりだし……」
「だろ」
 マースが苛立たしげに畳み掛けた。
「大体何なんだよ、マースとか何とか。オレの名前はトドロキってんだよ。てめえらが発音しにくいからって、このホシ基準で勝手な名前付けやがって。しかも『プルート』なんざ、実は惑星にも入ってねえんだろ」
 彼の言葉に、他の三人もうなずく。
「そうそう何もかも思い通りに曲げられてたまるか、けたくその悪い」
 毒づいたマーキュリーが足元の白いものをぽんと蹴飛ばす。独特の音を立てて壁に跳ね返ったそれは、潰れたピンポン玉だった。よく見ると、同じように変形した玉がそこかしこに散らばっている。
「これも一体、何になると言うのだ。社会復帰訓練だか何だか知らんが、俺たちは戦闘用ロボットの務めを十二分に果たせるぞ」
 床に落ちたピンポン球が不規則に転がり、何かに軽く当たって止まった。
 蓋の外れた子供向けクレヨンの箱。だが中に見えるクレヨンは全て、真ん中からねじ切ったようにへし折れている。

 *  *  *

「どうだ、奴さんたち」
「全て事もなし……とは、とても申せぬ」
 ワイリー基地本館。声をかけてきたメタルマンに、シャドーマンは首を振った。
「行って話を聞いたが、分裂のきざしがある」
「分裂だ? あの九人の中でか」
「うむ。マース中心に、マーキュリー、ビーナスが離れつつある」
「三人かよ、結構な割合じゃねえか。で、後の連中はどうだ。その……エース、についてるのか、今までどおり」
 眉をしかめながら、メタルマンは微かに言いよどんだ。「エース」の名を言うときはいつもこうだ。 
「サターン、ウラノスは間違いなくエース派だ。ジュピター、ネプチューンはまだ読めんが、その分危うい。プルートはあの通り、幼すぎて何も分かってはおるまい」
「ガタガタだな」
 メタルマンはばっさり切り捨てた。客人への評価とも思えない言い方だった。
 もともと甘いことは言わないたちだが、特に厳しい言葉なのは自覚している。
 あの事件から今日までひと月、「家主」たるワイリー基地住人のうちで宇宙ロボットと直接関わっているのは、総指揮官兼医者のワイリー、宇宙ロボットの元同僚兼通訳のシャドーマンの二人だけである。メタルマン含めたナンバーズは交渉どころか、彼らが居住する別館に足を向けてすらいない。
 言葉が分からないこと、接しようにも用件がないことも無論その理由だ。だが一番の要因は、お互いに武器を向けてしまったことだった。
 それも並大抵の戦いではない。殺し合いである。第三者の陰謀に乗せられた行き違いとは言え、双方が相手憎さに血で血を洗い、大勢の重傷者を出した。死者が出なかったのは桁外れの幸運に過ぎない。
 メタルマンがエースの名を呼ぶ際にぎこちなくなるのもそのせいだ。
 先の事件のさなか、正体の分からない彼ら九人に対して、マスコミは便宜上、見た目から連想される太陽系惑星の名をつけた。彼らの本名が判明した後も、発音の難しさからいまだにその名が通っている。
 その理屈で言えば「エース」の呼称はルールにそぐわない。
 だが、彼を「正しい」名で呼ぶメディアはなかった。メディアだけではない、「地球」上の者は皆、リーダー格という建前のもとエースの名を使っている。
 メタルマン始めナンバーズたちも例外ではない。理に適わないのは皆が承知の上だ。だが、敵の指導者に母星の名を与える事を、誰もが無言のうちに心で拒んでいた。
 いがみ合う不毛さを頭では分かっている。だが一度そうまでこじれた相手と、誤解が解けたからといってすぐに握手などできるものか。そのしこりが、ナンバーズ全員の中に重く残っていた。

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