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:: 第三章 エクソダス

「博士、博士」
 激しく肩をゆすぶられ、ワイリーは目を覚ました。エアーマンだった。

「……何じゃ、風邪など引かんわい」
「違います、外を」
「どうしたッ」
 一気に目が覚め、ワイリーは近くの窓に走った。


 見下ろすと、夜闇の中を幾人もの人影が動いていた。
 いや、幾人、ではない。迷彩服と銃で武装した何十人もの姿が、ワイリーマシンと観測所を取り囲んでいた。
 ライトで煌々と照らし出された観測所の入り口にはダイナマンが立ち、制服姿の人影と押し問答している。
「いかん、出るぞ。続けッ」
 言うが早いか、ワイリーは傘を引っ掴んで豪雨の中へ躍り出た。


* * *


「お引き取りください。ここには疑われるようなものなどありません」
「甘く見ないでいただきたいものですな。ここが軍事衛星観測所だということぐらい分からない我々ではない」

「待て、止さんかッ」
 ずらりと並んだ銃口を向こうに回しての切迫したやりとりに、ワイリーは体ごと割って入った。
「ダッド!」
 戸の向こうから、ロボットたちが口々に叫ぶ声。

「おや、思わぬ方にお会いしましたな、ドクター・ワイリー」
 ダイナマンを脅していた将校がひょいとこちらを向き直った。いけ好かない笑顔をしていた。
 彼らの狙いはもう分かっている、この観測所の存在が嗅ぎつけられたのだ。
 さきほど地下の資料室でオイルマンが言いかけたのも、このことに違いなかった。

「お前らがどこの馬の骨かは言わんでもいい、とっとと用件に入るとしよう。ワシの子供に手を出すな」
「ああ、ドクターの差し金でしたか。困りますなあ、国立公園のど真ん中に基地建設、あまつさえ衛星やステーションの違法な監視。世界の秩序を守る国として、これでは面目が立たんのです」
「ふん、盗ッ人猛々しいわい。人を人とも思わんのはどっちじゃ、ロボットに心を持たせながら道具扱いしとるのはどっちじゃ」

「お言葉ですがドクター・ワイリー、口を挟まないでいただきたい」

 鋭い一声。ダイナマンだ。
「あなたを父親と認めた覚えはありません」
「…………!」
 思わず黙ってしまったワイリーに、将校は大笑いした。
「なるほど、窓口はドクターではなくあなたでしたね」

 が、ダイナマンはにべもなく返した。
「交渉の余地などないと申し上げているでしょう。ここはただのレンジャー基地、我々はレンジャーだ。ドクター・ワイリーなど知らない。身分証明書のコピーなら全員分、所定の書類に添付して毎年提出している。建物の内部もこのあいだお見せした。これ以上何のご不審が?」
「その証明書と建物内部に不審がある、と言っているのですよ。何より、ドクターがこうして雨にも負けずお越しだ。これも繰り返しになりますが、これ以上時間稼ぎをなさるようでしたらこちらも強硬手段をとらざるを得ない。建物の強制捜査と、あなた方全員の身柄拘束が必要になる。よろしいかな、これは最終警告です」
 将校は、背後の兵士たちに目をやってみせた。
「…………ッ!」
 ダイナマンが歯噛みしたその一瞬を、ワイリーは逃さなかった。


「分かった、息子らと基地内の備品はこちらで引き取らせていただく。その代わり、この観測所でとったデータは洗いざらい、くれてやろう」


「ほお?」
「何ですって!?」
「ダ、ダッド!」
 その場にいた全員が声を上げたが、かまわずワイリーは続けた。

「準備時間は二時間。その間に備品とロボット全員があのマシンに乗り込み、百二十分ジャストでデータ受け渡しを行い、その後でワシが搭乗する。なお、この戸は常に開けておく。データは一切、書き換えも削除もせん。この条件なら問題あるまい」

「……なるほど、いいでしょう」
「交渉成立だな。カウントを始めてもらおうか」
「私の時計で構いませんかな。では、……三、二、一」

「全員集まれ! とりあえず観測所に入れ」
 ワイリーは、その場にいたロボット全員に怒鳴った。


* * *


「あなたという人は! 一体どういうッ……」

 中に入るやダイナマンに胸ぐらを引っ掴まれ、ワイリーの体はつま先を残して宙に浮いた。
 ナンバーズもジュピターもシャドウも、止めに入れなかった。
 弟たちが必死で止めるが、ダイナマンの耳には入っていないだろう。
「このデータがどんなものか、今さらご存知ないとはおっしゃいますまいな?」

「……分かっとる。お前たちがこの十年、一日も休まずとり続け、孤立無援で守ったデータじゃ」
 自分を吊り上げる手には逆らわず、ワイリーは静かに言った。



「すまなかった。十年間、よく皆をまとめてここまで持ってくれたというのに、お前のメンツをつぶしてしまったな」



 ダイナマンの手が、ひくりと震えた。

「戻ってくるという約束はずいぶん遅れてしまったから、代わりにもう二つだけ約束させてくれ。お前たちは奴らに渡さん、データもタダでなぞくれてやらん。これはきっかり百二十分後に守る、誓おう」

「ダイナ」
 後ろから声が上がった。ソニックマンだった。
「ダッドは戻ってきてくれた。信じよう、時間がない」


 ダイナマンは顔をゆがめ――やがて、ゆっくりとワイリーを下ろした。 
 次の瞬間、彼はもう長兄の顔に戻っていた。


「……よし。みんな、作業に入ろう。まずはクロークとコンピューターだ」


* * *


 マグネットマンとウェーブマンが地下に降りると、トーチマンともう一人のウェーブマンがクロークの電源をスタンバイに落とすところだった。
「ほら、じっとしてて。ちょっとの間だから」
 が、二人が近づくと、トーチマンもウェーブマンも手を止め、黙り込んでしまった。

「……悪かったな、俺たちが来て、引っかき回しちまって」
 何と言っていいか分からず、マグネットマンは謝った。
「その、手伝うぜ、こんなにしといてナンだけれども。……ほら、ビニール持ってきたんだ。それにかぶせたらいいと思って」
 ウェーブマンはビニールを抱えたままの手で、大きなコンピュータを指した。

「……待って。電源落とすから」
 もう一人のウェーブマンがぼそっと言い、コンピューターの裏側に入ろうとした。
 が、横を向いたトーチマンがすねたような声を出した。

「いらないんじゃないの、こんなボロ。あんないい機械があるなら」

 言葉を失ったマグネットマンとウェーブマンを尻目に、彼は兄弟を促すと、電源の落ちたクロークを運び出そうとした。

「おい、待てよ」

 マグネットマンは声を上げた。
 二人の足が、凍りつくように止まった。

「そんなこと言うなよ、十年間こいつでやってきたんだろ?」
「だって……」
 トーチマンは何かを言いかけたが、そのまま止まってしまった。
 その姿を見て、マグネットマンは思わず言った。言わずにいられなかった。


「俺だってな、同じぐらい悔しかったんだよ。てめえの親父がよそに子供作って、黙ってるなんてよ」


 その場が、しんと静まった。


「だけどな、やっぱりそいつら、博士の子なら俺たちの兄弟だろ? 会いに行ってやんなきゃって思ったんだよ。どんな奴らかなんて関係ない、どんな奴らでも俺には大事なんだよ」
「…………」
「だからさ、ダサいなんて思うな。胸張ってそれ使えよ。ちゃんと使えるモンだ、だれも笑いやしねえよ。お前らがどんなロボットだって、何したって、悪く言う奴なんていねえよ」
「…………」

「ほら、ビニール」
 ウェーブマンが、両腕のビニールを二人に差し出した。
「これ巻いたらすぐに運び出すぞ、もう何人か呼んだほうがいいな」
 マグネットマンがまずそれを引っ掴み、コンピューターに走った。二人もおずおずとビニールを手に取り、彼に続いた。


「おーい、こっち頼む! コンピューター出すんだ」
 ウェーブマンは階段から上に怒鳴った。一階で荷物整理と通路の確保をしていたうちの数人が、ばらばらと駆け下りてくる。ウェーブマンは片っぱしからビニールを渡し、作業を説明した。

 下りてきた中の一人を、マグネットマンは指してみせた。
「ほら、例えばあいつ。マシンの中で会ったろ? あいつはジュピターってんだが、ああ見えて年季入ってるぜ。十年二十年なんてモンじゃねえんだ」
「どうも、『骨董品』です」
 そのやり取りに気づいて、ジュピターは彼にしては珍しくおどけてみせた。
「こんなだけど、まだ動いてるよ」
 そう言いながら彼は右腕のパーツを外し、中の機械部を二人に見せた。

 二人は息を呑んだ。見たこともない形の部品が見たこともない具合に組み合わさり、しかもそのどれもがひどく古びて、幾度も壊れては直したように見えた。
「よくオーパーツって言われるんだ。僕もよそから来たんだけど、大事にしてもらってるよ」
 ジュピターは、目だけでにっと笑って見せた。


「だから大丈夫だよ」


 おーい、搬出行くぞ。誰かの声が響き、三人は急いで、コンピューターを持ち上げる人数の中に加わった。


* * *


 篠突く雨の中、乱暴にビニールを巻かれただけのコンピューターが駆け足で運び出されていく。
 それを見送る者はなかった。壁から機器類を外す者、こまごました道具類を箱に詰める者、誰も皆おおわらわで立ち働いていた。

 今また木製の大きな戸棚を数人が持ち上げ、運び始めた。
 そのとき、かたりと小さな音。すぐ横で割れ物を新聞紙に包んでいたシャドウは、手を止めずに目を向けた。

 さっきまで戸棚のあった場所に何かが落ちている。立って拾い上げると、埃にまみれたアルミフレームの写真立てだった。
 表面を軽くぬぐうと、中にははがき大の一葉の写真。
 あの九人のロボットたちと、二人の人間が写っている。一人はシャドウの知らないひとだったが、もう一人は間違いなく、ワイリーだった。

 気配を感じて振り仰ぐと、ダイナマンが立ちすくんでこちらを凝視していた。
 シャドウは静かに声をかけた。



「これは、あなたが隠したんですか」



 ダイナマンが息を呑んだのが、はっきりと分かった。

「――――なぜ、そう」
 かすれた声でダイナマンが聞き返す。

 写真を傍らに置き、梱包作業に戻りながらシャドウは答えた。
「棚の裏側に落ちたにしては、傷がついていませんから。あとは勘です」
「…………」

 黙り込んでしまった相手に、シャドウは微笑した。
「あなたは、優しいですね」

「え……」
「写真のワイリー博士は、一番端にいる。切り落として捨ててしまうこともできたのに」



 深い沈黙。



 ダイナマンはシャドウの横に座り込み、大皿を手に取ると、新聞紙で包み始めた。
 しばらく、二人は黙ったまま作業を続けた。


「……本当は、そうしようと思った」
 やがて、ダイナマンはぽつりと言った。


「この観測所の所長……その写真の真ん中の人ですが、彼が他界し、我々は取り残されました。ワイリー博士とは連絡をとっていなかったが、みな心から彼を待っていました。いつか戻ってくると言った、その言葉だけを頼りに」
 放っておけば宙に消えてしまいそうな低い独白。シャドウは言葉を挟まず、聞いた。
「そうこうしている間に三年経ち、五年が経ち……。年下の六人はそれでも博士が来てくれることを疑わなかったが、私は……私と、同じ時期に生まれた二人は、疑ったのです」
 ダイナマンは新聞紙を握り締めた。かさりと小さな音がした。
「いや、信じた。彼が戻ってくることは二度とあるまいと……」
「そうでしたか……」

「その写真を弟たちは大事にしていました。だが私は見るのが辛かった。……自分がどうしたらいいのか分からないのです、優しい博士ばかりが思い出されて……。耐え切れなくなって、破って捨ててしまおうと思った」

 遠くから皆の足音と、ひっきりなしの声。


「でも、できなかった」


 シャドウの手は、いつの間にか止まっていた。
「……わかります」
「え?」


「私も、父に置いていかれたことがある」


 ダイナマンの顔が徐々に、驚きの表情を作っていく。
 一呼吸置いて、シャドウは続けた。

「私はそもそも、とあるロボットのバックアップでした。でも制御装置に不備があって、保留扱いになりました」

 そこまで言って、ちりりと舌が動かなくなった気がした。
 手を伸ばしてカップをとり上げ、続けた。

「私を眠らせる前、父は……ワイリー博士は言いました。すぐに方法を見つけて直してやるから、心配するなと。……でも、目が覚めたら何年もたった後でした」
 シャドウは、がさがさと音を立てて新聞紙をカップに巻いた。
「あなたたちとは少し違いますね、ずっと寝ていましたから。けれど体内時計は動いていたものだから、目が覚めたときは驚きました」
 あのときの心細さ、足元の地面が消え去って立つ所を無くしたような感覚は、一生忘れないに違いない。

「父は忘れていたんだそうです、私のことを。ちょうどかかりっきりの仕事があって」 

「…………」
「恨みました、父を……。他の兄弟たちがうらやましくて仕方なかった。自分はコピーの出来損ないだから愛されないのかと……。仕返ししようか、とも思いましたが」

 雨音。


 けれど、どうしても憎みきれませんでした。シャドウはうつむいたまま少し笑うと、やがて新聞紙に包まれた食器を箱に入れ始めた。
 つられるようにダイナマンもそれを手伝った。


 シャドウは、写真立てをダイナマンに差し出した。
「父を、もう一度信じてやってはくれませんか?」


 不意を突かれた顔で、相手が見下ろしている。シャドウは手の中の写真立てに目をやった。
「私のことを思い出して、父は悔やみました……。悔やんで悔やんで、多分今でも自分自身を許していないでしょう」

 ダイナマンは顔を落とすと、何も言わず手を動かした。その姿に、シャドウは言った。
「おそらく、あなた方の心を取り戻そうと必死なのです。不器用ですが、やれることはすべてやる人です。……もう一度だけ、チャンスをあげてくれませんか。きっと、何か考えがあると思うのです」


 ダイナマンは一瞬ためらい――それを受け取った。そして梱包の終わった箱にそれを載せ、箱を持ち上げると、駆け去るように部屋を出て行った。


 見回すと、データ以外の荷物持ち出しはほとんど終わったと見え、がらんとした中で最終点検が行われている。
 みんな来てくれ、データの運び出し手順を説明する。地下からワイリーの声がし、他のロボットたちとともにシャドウも急いだ。


* * *


 荷物の運び出しが終わると、観測所の入り口付近にビニールに巻かれた何かが積まれ始めた。
 一つ一つは枕ほどの大きさのものだ。バリケードかと将校は警戒したが、それにしてはちゃんとドアを避けて積まれている。
 そして、やたらと数が多かった。


* * *


 残り時間二分ほどを残してロボットたちはマシンに乗り込み、ワイリーは積まれたものの脇に立った。
 そこから口頭でのカウントダウンが始まり、やがて将校がカウント・ゼロを宣言した。
「時間です。データをいただきましょうか」


「よし。データはこのファイル全てだ。持って行け」


 ワイリーの指が積まれたもの……ファイルの山を指した。
 瞬間、将校の顔が遠目にもはっきりと分かるほど引きつった。

「……ファイル? アナログの、ですか?」
「うむ、その通り。見ての通りこの観測所のコンピュータは旧式での、データは紙媒体でしか出力できんのじゃ。正真正銘の生データじゃぞ、早く持って行けと言うに」
「か、確認しろッ」
 将校が慌てて後ろに怒鳴り、数人の兵士がばらばらと駆け寄ってビニールをはいだ。

「これこれ、この雨の中で開くでない。にじむぞ」
 ワイリーは兵士に言い残し、マシンに向かって歩き始めた。
 足取りが速すぎてはいけない。怪しまれないよう、ゆっくりと。

 が、あと五メートルの距離で、兵士の一人が叫んだ。



「中尉! 全ページ、フッターが切り落とされてますッ」



 まずい、見抜かれた。ワイリーは猛然とマシンに向かって駆け出した。
 騙したなッ、と将校の怒鳴る声が雨をつんざき、次いでピストルの破裂音が響いた。


 瞬間、覚悟した。


 だが、弾丸はワイリーに当たらなかった。
 自分の周囲に、発光するバリアが張られているのにワイリーは気づいた。ボルトマンの特殊武器だった。




「父さん!」




 マシンから駆け下りてくる人影。
 ダイナマンだ。

 彼はワイリーを抱えあげるや、マシンへと取って返した。
 すぐにいくつもの手が彼らを引き上げてドアが閉まり、マシンはそのまま浮き上がった。

 撃てーッ、の声が響き、銃弾がマシンに当たる鋭い音がいくつも夜気を裂いたが、どれもみな外壁に跳ね返り、空しく四方へ散るばかりだった。


「騙してなんぞおらんわい。ワシが保証したのはデータの中身だけじゃ、フッターのことなど一言も言うとりゃせんッ」
 ワイリーは、マシンの窓から下界に怒鳴った。


 背後から、どっと息子たちの笑い声。本当に久しぶりに。

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