:: エピローグ1

 ワイリーマシンの宇宙飛行は二週間目に入った。幾度かのワープを繰り返し、もうそろそろ目的の星――宇宙ロボットの故郷が間近に迫る頃である。
 マシンの床に腹這ったプルートが、新しく買ってもらったベビーコロールで何やら絵を描いていた。丸ばかりに見えるが星空らしい。
 その横で、メタルマンとマースが荷造りの最終点検をしていた。
「食いモンは充分持ってきたからな、もう溜め込むなよ」
「勘弁してくださいよ、ありゃホントにただの習慣で」
 お互いに笑い声。

 *  *  *

 あの行方不明事件以降、宇宙ロボットとナンバーズは以前より近しくなった。
 問題がなくなったかと言えばそうでもないが、お互い言葉を交わすまでにはなったのだ。その結果、双方の行き違いがいくつか明らかになった。
 まずは食料。当初、宇宙ロボットたちは消費分より明らかに多い分量を要求していたが、余剰分を部屋の中に蓄えていたせいと分かった。
 ワイリー側が特別に配合したエネルギー以外に地球産のエネルギーが体に合わないため、「万一を考えて」備蓄していたらしい。戦争用のさがだった。
 だが、あのプルート行方不明事件以来、毒見とともにその習慣もぱったりと止んだ。警戒体制が解けたに違いなかった。
 それから、ワイリーの課していた訓練もいくつかは改善された。プログラム内容はおおむねそのままだが、指導体制が変わった。親しくなったナンバーズたちが様子を見に来るようになったのだ。
 どれもこれも、事情が分かってしまえば些細な問題だった。
 あと残っている問題はと言えば、彼らの名前ぐらいである。地球の者にはどうしても発音が難しいのだ。
 こっちも訓練真面目にやってんですから、そちらさんも覚えてくださいよ。時折冗談半分に宇宙ロボットの誰かが言う。特にプルートは、自分だって惑星の名が欲しかったといっぱし口を尖らせてみせる。そのたび地球の者たちは(冥王星だってあれで随分愛されてるんだよと言い訳しながら)冷や汗たらたらで発音を練習するが、成果は芳しくないようである。
 ともあれ努力の甲斐あって、最近は宇宙ロボットとナンバーズの間の仕切りがなくなった。本館と別館の間もおおむね自由に行き来可能となっている。
 そして、警察の事情聴取もひと段落し、ようやく事態が落ち着いてきたため、シャドーマン、スターマン含む宇宙ロボット全員(および、付き添いのワイリーとメタルマン)で、一度母星の様子を見ることとなったのだ。

 *  *  *

 機体が星間飛行体制から着陸体制に移行すると、それまで曲がりなりにも明るかったメンバーの口がぴたりと閉ざされた。
 理由は分かりきっている。メタルマンやワイリーも何も言わず、ただ制御装置のアナウンス音声だけが淡々と流れた。
 窓の外の風景に、宇宙ロボットたちは決して目を向けなかった。
 重い音を立てて機体が止まったときも、その扉が開かれたときも、彼らは誰一人立ち上がろうとしなかった。
 やがてスターマンが歩き出し、機の外へと足を踏み出した。
 シャドーマンが軽く息を吐いて、同じくマシンを出た。
 アースが膝に力を入れて立ち上がり、それに続いた。
 その後を一人、二人、恐る恐る部下たちが追っていく。

 *  *  *

 マシンは砦の上に着陸していた。
 その崩れた城壁に足を乗せると、足元の森は遥かに続いていた。
 うっそうと茂る熱帯雨林。久々に目にするそれは想像以上に広く、また底知れず深く感じられる。
 こんなところに自分たちはいたのだ。その思いは感慨より圧倒に近く、彼らにぐっとのしかかった。それほどにたくましく、したたかな命の広がりだった。
 ――そして、かつては皆がここにいた。
 千年の昔に栄華を誇った人々の痕跡は、もはやないに等しい。波間に辛うじて覗く岩のようにぽつぽつと見える遺跡がなければ、そこに文明の存在を信じる者はないだろう。
 風にそよぐ木々やら時々は生き物の声やら、音は絶えず聞こえるくせに、その場にはっきりと存在している沈黙が彼らには分かった。
 それでも勇を振るって一歩、二歩と歩き出した彼らは、しかし誰からともなく足を止めた。誰もが無言だったが、抱く思いは変わらないはずだった。
 ――なぜ、自分は生き残ってしまったのだろう。
 眼下の樹海は答えてはくれない。それは一切を飲み込み、厳然とそこに存在している。
 その前にあって、彼らはただ途方にくれて立ち尽くす小さな影だった。
 わっと悲鳴のような叫び声、続いて駆け去る足音。ジュピターだ。耐え切れずマシンに駆け戻ったのだろう。
 振り返るものはなかった。呼び戻す声もまた、なかった。
 見放したのではない。誰もが痛いほど理解していたのだ。

 *  *  *

 その後のことは淡々と進んだ。
 砦のすぐ近くの小さな地下壕。中には壊れかけた機械が一台。自動修復装置だという。アースたち九人が接続していたとか。
 その年数、千年。メタルマンは改めて絶句したが、アースの表情は動かなかった。
 千年といってもほとんどは寝ておりましたから。まあ、たまには外の空気も吸いましたが。静かに語るアースの顔はあくまで穏やかだ。
 周囲の探索も行われ、程近い別の壕で新たに数体のロボットの残骸が見つかった。少なくとも死後三百年は経っていそうだった。
 こんな近くで。ネプチューンがぽつりと漏らした。
 マシンをベースキャンプに行われた探索はひと月に渡ったが、それ以上の収穫はなかった。一度はスターマンとサンゴッドの故郷に行きもしたが、こちらも人やロボットの気配は皆無である。
 結局、この星の文明の生き残りは彼らだけ。その結論は揺るぎそうになかった。
 この間、ジュピターは一度も外へ出なかった。仲間たちの話にも加わらず、隅の方で耳をふさいでいるばかりである。時折はプルートもその横にじっとしていた。比較的精神の若い二人が受け入れるには、荷が勝ちすぎるのかもしれなかった。

 *  *  *

 最終日、再び同じ砦に戻ってきた彼らは、その場で簡単な葬儀をやった。
 呪符を燃やし、経文を唱えるのだという。人間たちの見よう見まねだった。だが、呪符の書き方も経文も彼らは知らない。ロボットが人間の祭事に加わることは許されなかったため、遠目で見ているだけだったのだ。
 結局プルートが(本人曰く)この星の絵を描き、それを燃やすことになった。アースが画用紙にゆっくりと火を回していく。その横でサターンが歌い始めた。低い詠唱だった。

 遠く遠くから帰っておいで、
 ジャスミンの花匂う道を。
 遠く遠くから帰っておいで、
 火炎樹の花揺れる道を。

 シャドーマンが小声で訳してくれた。旅に出た者を懐かしむ歌とも、死者を偲ぶ歌とも伝えられていたらしい。この国の誰もが知っている民謡だった。
 しばらくじっと頭を垂れたまま、全員が動かなかった。
 やがて顔を上げた一同はマシンに乗り込み、扉が閉ざされた。
 窓の外、ゆっくりと景色が下に降りてゆく。来たときと違い、こんどは(やはりジュピターを除く)ロボットたち全員が窓辺に集まっていた。
 背の低いプルートを、マーキュリーが抱え上げていた。ウラノスとマースは仲間の後ろに下がり、それでも窓から目を離さない。
 と、機体のエンジン音が変わった。ジェットが強くなったのだ。
 その途端、足音。ジュピターが走った。反射的に左右に避ける仲間たちをかき分けるように前に出、窓に両手を突いた。
 その腕が行き場をなくしたようにわなわな動いた。喉がくっくっと鳴っているが、声は詰まったように出ない。
 アースがその肩をぐっと抱える。ジュピターの膝が折れるように崩れた。窓に手を当て、彼は顔をうつむけて泣き始めた。アースは窓を睨んだまま、いつまでも部下の肩から手を離そうとしなかった。

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